2025年9月27日土曜日

量子コンピューティングの習得に量子力学は必須か

<こちらには、この記事の英語版があります。多少、ニュアンスを変えて翻訳しました>

 半年ほど前の小さなシンポジウムで、小生は、量子コンピューティングの取り組みに関する短い講演を行った。ある先生から、「量子コンピューティングを学ぶにあたって、量子力学は必要なのでしょうか?」という質問があった。「量子コンピューティングは情報科学寄りの側面が強いので、絶対必要というわけではないが、時として必要になると思う」という回答をした記憶がある。特段、誤りとは言えないが、これをもう少し考えてみた。

 むしろ、量子力学は必須である!と言う方が正しいかったと思う。ただし、特に情報系の学生が量子コンピューティングを学ぶ前に、量子力学の授業を別途受けることが必須ということではない。というのも、量子コンピューティングは量子力学の上に築かれているので、一般的な量子コンピューティングの書籍は、(量子ビットの特性など)量子力学の最も基礎から始まるからである。そうしないと、話は始まらないのである。だから、そのような書籍や教科書から入って行けば良いのである。

 それでも、量子コンピューティングがかなり進んできて、(特に、エネルギーに関係する)物理や化学、最適化などの応用に取り組むには、学部レベルの量子力学を習得している必要があるだろう。小生の場合、ずっと、情報系で仕事をしてきたが、ここ数年は独自にアマチュア量子コンピューティングをやってきた。このあたりで、量子力学の基礎を見直したいと考えていたところ、私にとって最適と思われる以下の書籍に出会った。

Leonard Susskind & Art Friedman, Quantum Mechanics - The Theoretical Minimum, Penguin Books, 2014.(全364頁)(なお、本書のpdf版は無償公開されている)

 著者の一人Prof. Susskindは、著名な物理学者で、もう一人はその弟子である。シリコンバレーで働くIT技術者向けにStanford大学で行われた10回の講義が元になっているとのことである。それだけに精緻でとてもわかりやすい雰囲気だが、スイスイ読める内容ではない。理論は必要最小限にしているとはいえ、大事な計算はきちんとフォローしないとついて行けない。何とかここ2ヶ月ほどで一通り読み終えた。読み返すべき箇所も残っているが。通常の量子コンピューティングの書籍では得られない、量子力学の真髄をいくつか見直すことができた。たとえば、下図に示すような、「物理量(観測可能量)は線形演算子で表わされる」や「その期待値の時間微分は別の物理量と関係する」などである。他にもいくつかある。
🟢難しい内容も、明るく、楽しみながら掴もう!そういう思いを込めて、オリジナルの表紙にたくさんのデコレーションを施した。また、各章毎に付箋をつけたりして、本書の構成をよく掴めるようにする。それが私の読書流儀。

🟢第1章〜第10章に対応したYoutubeビデオもあり重宝する。各回約2時間あるのでじっくり見る。私の場合、本書を読んでから見ると分かりやすいと感じる。スタンフォードの教室での実写であり、受講者からの質問が多いのにも感心する。ちょっと考えながら、丁寧に回答しているSusskind教授の姿に親しみを覚える。
🟢結論として、量子コンピューティングに着手することは、先入観に反して、それほど難しくないと言えよう。難しいのはその数学ではなく、量子そのものの理解であると言われる。これは念頭においた方がいいだろう。

2 件のコメント:

  1. 量子Computing理解を本流の目的に据えながら、それを支える学びとして量子力学の基礎にも進んで行ける学習方法を 御教示いただきました。Susskind教授たちによる書籍やVideoを紹介くださいましたことも、大変にありがたいです。情報学や工学へ物理基礎教育を志している同僚達へ情報共有させて頂きます。量子Computing御解説を 今後とも継続くださいますよう お願い申し上げます。

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  2. 服部先生、コメントありがとうございます。かなり広範な量子Computingでは、ほとんどの場合、量子状態の時間依存性やシュレディンガー方程式の出番は無いように見えますので、先入観に比べると意外と容易に量子Computingへ取り組めるのではないかと思います。実用的に深く入って行くと、そうとは言い切れませんので、必要に応じて学ぶということになると思います。

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