2026年6月30日火曜日

SIC-POVMによる量子状態トモグラフィに関する実験

【要旨】量子状態トモグラフィは、未知の量子ビットの量子状態を突き止めるための概念である。その実現方法の一つとして、POVMがある。それは、同一の未知の量子状態を多数用意し、それらを測定することでその量子状態を明らかにする。POVMは、通常の正規直交基底への射影測定よりも広い、量子測定の一般的な枠組みである。ここではその一種であるSIC-POVMと呼ばれる測定を、1-qubitについて、IBM Quantum Computer実機で実施した。その結果、かなり高い精度で未知の量子状態を特定できることが分かった。

🟢 SIC-POVMの概要
 これは、長い名称「Symmetric Informationally Complete - Positive Operator-Valued Measure」の略称である。POVMの一般的な理論は、参考文献[1][2][3]などに示されている。特に、[3]にはSIC-POVMの詳細な説明がある。d次元の量子系では、SIC-POVMはd2個の射影演算子 Ei=|ψi><ψi|/d で構成され、次式が成立するように作られている。以下の|ψi>は、ブロッホ球上の純粋状態を表す状態ベクトルである。
|<ψij>|2=1/(d+1)   (i ≠ j)

 1-qubitの場合は、d=2なので、SIC-POVMは4個の状態ベクトルで構成され、そのどの2つのベクトル同士の内積の2乗も全て1/3となる。その具体例をFig.1に示す。計算を簡単にするため、4つの状態ベクトルのうち、1番目を|ψ1>=|0>とするのが通例である。これら4つの状態ベクトルの頂点は、幾何学的に美しい、内接正4面体を構成している。

🟢 量子状態トモグラフィの実現
 未知の量子状態を突き止めるトモグラフィは、通常のZ軸測定だけでは実現できない。例えば、Z軸測定で|0>が50%、|1>が50%の確率で得られた場合、複数の候補が考えられるので、さらに、X軸測定とY軸測定を行う必要がある。
 これに対して、SIC-POVMは、4つの出力チャネルを持つ特別な測定器と考えられる。この測定器に、同一の未知の量子ビットを大量に投入すると、結果として、4つの出力に出現カウントが得られる。それらのカウントの比率(確率分布)が、"未知状態ベクトルとSIC-POVMの各頂点に対応する状態ベクトルとの重なりの度合い"を示す。すなわち、SIC-POVMの頂点iに対応する状態を|ψi>とすると、測定結果としての確率Piは以下のような内積計算になる。
Pi=(1/2)|<ψi|未知状態>|2
 そして、この確率を用いて、未知状態のブロッホ球のデカルト座標(X, Y, Z)は以下の公式で求められるのが注目すべき点である。
X=√2(2P- P- P4)
Y=√6(P- P4)
Z=4P- 1

🟢 Quantum Computer実機を使ったSIC-POVM測定
 特定の既知の量子状態を、未知の状態だと見做した場合、SIC-POVM測定によって、その量子状態を特定する(復元する)理論的計算は、特に問題がないであろう。しかし、それを、量子コンピュータ実機、または量子回路シミュレータで行うには少し工夫がいる。実機では、ある状態ベクトルと測定ベクトルとの内積を直接計算して確率を求めるわけではない。多数の同一の量子状態を繰り返し測定すると、各測定結果の出現頻度から、ボルンの法則により、測定確率を推定できる。
 しかしながら、一般的な量子コンピュータでは、ハードウェアが直接行える測定は計算基底(Z基底)での射影測定である。一方、SIC-POVMの4つの測定方向のうち3つは、Fig.1に示したとおり、ブロッホ球上で南半球へ向かう斜め方向にある。そこで、SIC-POVMの各測定方向がZ軸に一致するように、測定直前に適切なユニタリ演算(回転)を施す。その後に通常のZ基底測定を行うことで、そのSIC-POVM要素に対応する測定確率を得る。今回も、これに従って測定を行った。

🟢 未知量子状態と見做した2つの量子状態
 今回の実験では、Fig.2に示す2つの既知の量子状態を未知状態と見做して測定した。いずれも、ブロッホ球面にある純粋状態である。Case1では、それは赤道上にあり、位相角は0である。Case2では、南半球上にあり、位相角はπ/3である。Case1の方が、Case2よりも量子状態の特定は容易であろうと予想された。

 なお、以下の測定では、”未知の量子状態"として設定した情報(θとφ)は全く使用していない。SIC-POVMの4つの測定方向だけを使っている。従って、"真の未知状態"が入力された場合も同様に特定できる。

🟢 SIC-POVM測定による未知量子状態の復元結果
 これら2つのケースについて、QiskitシミュレータとIBM Quatnum実機(ibm_kingston)による測定結果をTable1に示す。未知状態に設定した状態のデカルト座標(X,Y,Z)が示されている。また、シミュレータと実機の測定に基づく確率が、(P1, P2, P3, P4)として示されている。それに基づいて復元したデカルト座標に注目していただきたい。実機では、予想通り、Case1の未知状態がほぼ完璧に復元できている。また、Case2の未知状態も、かなり高い精度で特定された。

【POVMに関する参考文献】
[1] Peter Y. Lee, Huiwen Ji, Ran Cheng, "Quantum Computing and Information", 2nd Edition, Polaris QCI Publishing, 2025.
(especially, 3.5 Application to Quantum State Tomography, and Chapter12(Density Operators and Quantum Channels))

[2] Michael A. Nielsen and Isaac L. Chuang, "Quantum Computation and Quantum Information", Version 13, Cambridge University Press, 2023.
(2.2.6 POVM measurements)

[3] John Watrous, "General formulation of quantum information" in IBM Quantum Platform Learning.
https://quantum.cloud.ibm.com/learning/en/courses/general-formulation-of-quantum-information/general-measurements/introduction

2026年6月17日水曜日

IBM Quantumの上級認定資格を取得(3個目)

 量子コンピューティングを探求するにあたって、理論的バックグラウンドが不足していると感じる場面が時々出てくるので、基礎を見直すことにした。その一つのテーマが「量子状態の密度行列」である。これに関する詳細なチュートリアルがIBM Quantumのwebサイトにある。"General Formulation of Quantum Information" (量子情報の一般的定式化)である。今回、そのチュートリアルを学んだ後に、認定資格(Advanced)試験を受けて合格し、認定バッチと認定証を得た。

密度行列を使う動機は以下のようなことである。

(1)従来の量子状態ベクトルよりも幅広い種類の量子状態を表現できる。これには、ノイズの影響を受ける量子系の状態や、量子状態の古典的な確率によるランダムな選択の状態も含まれる。

(2)無視したい別の系と量子もつれにある系の状態など、孤立した系の状態の記述は、従来の量子状態ベクトルでは簡単にできないが、密度行列によればそれは明快になる。

(3)古典情報と量子情報を単一の数学的枠組みで記述できる。このことから、古典情報は本質的に量子情報の特別なケースであることが見えてくる。

 このチュートリアルは、このような動機を支える理論を詳しく展開しており、若干難しい内容になっている。Qiskitコードでプログラミングしたり、量子ゲートを使って量子コンピュータ実機で動かす、などの「息抜き」もできないので、尚更である。しかし、これまで知らなかった知識を得たり、曖昧だった考え方が明確になるなど、得られたものはとても大きいと感じた。

 でも、ビジュアルにして楽しめる事項もあった。その一つを以下の図に示す。量子コンピューティングでは、量子状態はブロッホ球の表面に示される「純粋状態」の他に、ブロッホ球の内部の点に対応する「混合状態」がある。そこに密度行列が登場する。

 もう一例ある。これまでの基本的な測定は、正規直交系から決まる射影測定が使われたが、より一般的な測定もある。それは、SIC-POVM(Symmetric Informationally Complete Positive Operator-Valued Measure)と呼ばるれる。下図は1-qubitにおけるSIC-POVMに対応するものである。詳細は別として、正4面体(regular tetrahedron)が、Bloch球に内接しているのが美しい。4つの頂点は、ブロッホ球面の純粋状態を表している。化学でのメタン分子の4つの水素原子も、これと同じ正4面体の頂点に配置されている。
【補足】上に述べた通り、このチュートリアルは少し(or かなり)難しい。そこで、下記の西村治道教授の書籍[1]の3.4(混合状態)、3.5(POVM)、3.6(発展的な概念)を一通り学んだ後に取り組めば、ぐんと理解が進むのではないかと思われる。
{1] 西村治道、"基礎から学ぶ量子計算"、オーム社、2022年11月.

2026年6月2日火曜日

フィボナッチ数列に基づく植物の葉の模型

A Model of Plant Leaves Based on the Fibonacci Sequence
One of the most beautiful and widely appreciated concepts in mathematics is the Fibonacci sequence. It appears in the forms and growth patterns of plants, seashells, and many other natural objects. More recently, it has even found applications in Topological Quantum Computation through the concept of the Fibonacci anyon.
    Recently, I happened to discover an item called the “Fibonacci Tree” being sold online as a desk ornament or educational toy. Although the product itself does not seem to come with a mathematical explanation, it appears to be an object whose beauty can be appreciated simply by displaying it on a desk.
    With that in mind, I would like to give a brief introduction to it below.

 古くからある、誰にも親しまれる美しい数学の一つにフィボナッチ数列がある。植物や貝類などの形態に現れる他、最近では、トポロジカル量子計算(Topological Quantum Computation)における「フィボナッチ・アニオン(Fibonacci Anyon)」にも利用されるようである。
 最近、偶然だが、ネット上で「フィボナッチツリー」なるものが、文具かおもちゃとして発売されているのを知った。数学的な説明などはないが、机上において美しさを味わうことができるように思う。そこで、以下の通り、簡単にご紹介します。

 ところで、この黄金角の元になっている黄金比が、調味料の配合にも!
下図の通り、2種類の唐辛子の割合が黄金比だと謳っている!ラベルの色も黄金!