2026年2月16日月曜日

量子カーネル(SVC法)ってどうなの?

【要旨】古典/量子カーネル(+SVC)の基本的な理解を深めるため、両者のクラス分け(分類)性能を比較した。現状では、多くの場合、古典カーネルが高い精度を示す。しかし、特殊なAd-hocデータに対しては、古典カーネルは対応できない反面、量子カーネルは完璧な分類結果を示した。ここに、量子カーネルの可能性を見ることができる。

🟢量子カーネルの概要
 まず、量子カーネルの概要を図1に示す。量子特性(重ね合せ、もつれ、位相、干渉)を生かしたFeature Mapと呼ばれる量子回路を用いることが特徴である。これによって、元の2次元データの座標を、高次元(この例では4次元)の量子状態ベクトルへ変換する。そして、その空間でのデータ間類似度を計算する。これも、量子回路で実行される。その情報とラベル情報を使って、古典的なSVC学習器を学習させる。

 Feature Mapにはいくつか種類があるが、ここでは、有名なZZFeature Mapというものを使う。その狙いは、一言で言えば、「古典的には表現困難な非線形の相関を捉える」ことである。従来の古典的な類似度の計算では、座標データが使われるが、このマッピングでは、座標データは量子の位相情報も埋め込んだ情報に変換されるので、位相の近似性も反映した学習となるはずである。
図1 量子カーネルの概要

🟢 実データ(金融 default)の分類
 金融defaultに関する実データ(Javier Mancilla Montero, PhDによる)の分類を試みる。ここに、1,000人の顧客の情報がある。各人には20個の調査項目の値とdefault(債務不履行)か否かのラベルが付いている。この生データは、20次元データなので、主成分分析により次元削減を行う。この例では2次元とした。Feature Mapでは、項目(特徴量)ごとに量子ビットが必要なため、そのようにするのが通例である。

 図2右上は、分類にかける状態である。その下に、古典カーネルによる分離結果を示した。精度0.94で、defaultか否かの境界線が引かれている。一方、その左に、量子カーネルによる結果がある。境界線はやや異なるが、量子カーネルの場合も同様に高い性能を示した。
図2 金融defaultの実データ1,000件の分類
 
 これ以外の実データセットとして(詳細は略すが)、腫瘍(特徴量30個)のサンプル569件がある。その良性 (Benign) /悪性 (Malignant) 分類問題でも、古典カーネル、量子カーネルとも精度0.90を超える結果出している。これらの分類問題では、長年の実績を持つ古典カーネルを使えば十分のように見える。しかし、全く新しい方法である量子カーネルも、実問題に対して同程度の分類性能を示したことは、注目すべきではないか。

🟢人工的なデータセット(Ad-hocデータ)の分類
 次に、量子カーネル(特に、ZZFeature Map)を評価するために作られたAd-hocデータセット(こちらを参照)で試みる。図3右上をご覧いただきたい。赤と青の点が、合計720個ランダムに散在している。だが、何か規則性もあるようだ。実際、データ点数を増やして行くと、赤青の市松模様に近づく。

 まず、これを古典カーネルで分類した。図3右下の通り、このような単純な境界線しか引くことができなかった。これでは、精度は50%台にとどまる。SVCのいくつかのパラメータを変更しても、ほとんどこれと変わらない。
図3 Ad-hocデータセットの古典カーネルによる分類

 次に、量子カーネルを適用した。その結果が図4である。図4右下の通り、正解率100%となる完璧な境界線が引かれた。その左側の図は、この境界線が引かれた時の、境界関数の山と谷の等高線をカラーで示したものである。
図4 Ad-hocデータセットの量子カーネルによる分類

 この結果は、量子重ね合せ、位相、もつれを巧みに利用したZZFeature Mapの効果である。特殊なデータセットではあるが、古典カーネルでは困難な、新たな領域を探求できる量子カーネルの可能性を示しているようだ!

2026年1月25日日曜日

ビジュアル観察:機械学習カーネル法と代数多様体の特異点解消

 少し大袈裟なタイトルかも知れない。「機械学習SVCにおけるカーネル法」と「代数多様体の特異点解消」の考え方に共通点があるように思われたので、ごく簡単な一例でその関係性をビジュアルに観察した。

🟢一般向け数学講座ビデオ
 きっかけは、石井志保子東大名誉教授による一般向け数学講座「代数多様体の爆発(Blow up)」 (こちらのYoutubeビデオ)を見たことである。易しく、とても分かりやすく、素晴らしいと感じた。この講座には、当然ながら、機械学習の話は出てこない。だが、小生が感じたことを以下に記したい。

🟢機械学習SVC(Support Vector Classifier)のカーネル法
 まず、Fig.1は、よく知られたSVCを利用する簡単な適用例である。Fig.1(a)は、ある曲線に載った2Dデータで、赤青にラベル付されている。ご覧の通り交差した配置なので、ここで、線形に"スパッ"と赤青にクラス分けすることはできない。しかし、カーネル法という方法で、2Dデータを高次元(この場合は3D)に持ち上げ、そこで学習させると、Fig.1(b)に示した緑色の平面で線形分離できるようになる。

🟢1次元代数多様体の特異点をBlowupで解消させる
 ここからは、上記の解説ビデオに基づく話になる。ただし、Fig.2とFig.3は小生が独自に作成したものである。
 簡単な1次元代数多様体をFig.2(a)に示した。原点が特異点になっていることに注意されたい。ここでは、機械学習のような分類問題ではなく、この特異点を解消して滑らかな曲線にしたい。そこで、Fig.2(b)に示すように、blowup(爆発)という方法で、曲線を2Dから3Dへ持ち上げる。すると、赤い点の特異点が青い点2つに分離されて、滑らかな曲線となる。
 このBlowupという方法をFig.3に示した。xy平面において、原点を通るあらゆる直線について、平面での傾きをZ軸の高さとして、そのまま持ち上げる方法である。
🟢カーネル法とBlowupの共通点
 上記に述べた2つは、データ分類のためのカーネル法と、特異点を解消するためのBlowupである。両者の目的は異なるが、「2Dデータを高次元へ持ち上げて問題を解決する」という共通のアイディアがあるように思われる。
 別の見方をすれば、(このビデオで言及されていたことだが)元々はある空間において、「明確に分類されていた」、あるいは「特異点のない滑らかな曲線であった」のだが、2Dへ写像したために、データのクラスが混在したり、どこかが潰れて特異点ができた。それを、元の空間へ戻して、本来の姿を復元させるという共通点があるのではないか。

🟢感 想 
 機械学習や量子コンピューティングは、数学の分野(多様体論や圏論など)とまだまだ深い関係がありそうだ。少しづつ馴染んで行きたいものである。
 また、別の話だが、Fig.1〜Fig.3を描くプログラムコードは、生成AI(GeminiやChatGPT)の助けを借りて、ほとんど自動的に素早く作ることができた。時代は変わったとつくづく思う次第である。

2026年1月14日水曜日

How precise is Quantum Teleportation?

 Quantum Teleportation Demo Using Dynamic Circuits

(末尾に日本語版があります)

In the past, performing a quantum teleportation demo—transferring a quantum state from Alice to Bob on real hardware—required the process to be split. Alice would measure her qubits, the job would terminate, and Bob would then have to initiate a new quantum circuit based on those measurement results.

However, with the recent introduction of Qiskit’s Dynamic Circuit capabilities, this entire process can now be completed in a single job submission. This functionality makes it significantly easier to verify the transfer in real-time. Our experiments on the IBM Quantum Heron r2 hardware demonstrated that teleportation can be executed with remarkably high precision.

🟢 Teleportation via Dynamic Circuits

Figure 1 illustrates quantum teleportation utilizing dynamic circuits. Suppose Alice wants to transfer a quantum state created by applying an Ry(pi/3) gate to qubit q0. Note how the dynamic circuit uses Alice's measurement results to conditionally apply X and Z gates to Bob’s qubit via "if" statements.

At first glance, it might appear that Bob is not performing any measurements. If Bob were to perform an explicit measurement, we could determine the probability of the state being |0>, but the state would collapse, preventing further detailed analysis. To solve this, we utilize Qiskit’s StateTomography tool. Although not explicitly shown in the high-level circuit diagram, it performs internal measurements to reconstruct the density matrix, allowing us to calculate the exact fidelity of the transfer.

🟢 Verifying Transfer Fidelity via Density Matrices

The results of our fidelity analysis are shown in Figure 2. We conducted these experiments using ibm_torino (Heron r1) and ibm_marrakesh (Heron r2), both available under the IBM Quantum Open Plan.

Notably, on ibm_marrakesh, we achieved a fidelity of 0.97 between the state sent by Alice and the state received by Bob. This represents an extremely high level of agreement—one could say the teleportation was nearly perfect! 


Moving forward, we plan to experiment with a wider variety of quantum states and explore the teleportation of multi-qubit systems.

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【日本語版】
動的回路を用いた量子テレポーテーションのデモ
- 量子状態転送の精度のテスト-
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 AliceからBobへ量子状態を転送する量子テレポーテーションのデモを実機で行う場合、これまでは、Aliceが量子ビットを測定した時点で、実機の処理を終える必要があった。そして、その後、Bobはその測定結果に基づいて、新たに量子回路を操作する必要があった。しかし、最近のQiskitのDynamic Circuit機能を使えば、実機へのジョブ投入が1回で済むようになった。この方法により、転送の状況を検査するのが容易になる。IBM Quantumの実機Hereon r2で実験したところ、非常に高い精度で量子テレポーテーションが実行されることが分かった。

🟢動的回路を使った量子テレポーテーションのデモ
 Fig.1に、動的回路を使った量子テレポーテーションを示す。Aliceは、量子ビットq0にRy(π/3)を施した状態を作り、それをBobへ転送したいとする。Aliceの測定結果を利用して、動的回路(if文の制御によるXゲートやZゲート)がBobの量子ビットに適用されていることに注意する。

一方、Bobは何も測定していないように見える。もしも、Bobが明示的に測定を行うと、転送された量子状態の|0>の確率は分かるが、そこでcollapseしてしまうので、それ以上の詳しい解析ができない。そこで、この回路図には現れていないが、QiskitのStateTomography というツールで内部的に測定させる。その結果から、密度行列を作り、それに基づいて転送の精度を調べることができる。

🟢密度行列に基づく転送の精度の検査
 このようにして検査した転送の精度をFig.2に示す。使用した量子コンピュータは、IBM QuantumのOpen Planで提供される、ibm_torino (Heron r1)とibm_marrakesh (Heron r2)である。特に、ibm_marrakeshの場合、Aliceが送った量子状態と、Bobが得た量子状態とのFidelityは0.97という、極めて高い一致度を得た。ほぼ、完璧に転送が行われたと言えるだろう!今後、他の量子状態も試したり、複数の量子ビットの状態の転送なども調べたい。

------ private notes --------------------------------
IBM_New...2025_07_01の環境/forQiskit2x/
Teleportation_動的回路A.ipynb
Teleportation_動的回路B.ipynb
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2025年12月31日水曜日

コマドリは渡りに「量子もつれ」を使っているらしい(簡略版)

 本日は大晦日です。今年最後の記事は、前回のこちらの記事の縮小バージョンとしました。

 ある説によれば(科学的に十分な解明はなされていないが)、「こまどり」は、ある条件下で、「量子もつれ」という状態の量子(ここでは電子)のペアをたくさん作ります。2種類あります。一つは[1]singletと呼ばれる、スピンの向きが逆のペアであり、もう一つはスピンの向きが揃った状態の[2]tripletです。この2種の状態は、相互に行ったり来たり遷移します。

 驚くべきことに、コマドリは、全体に占める[1]singletの割合から、地磁気との角度θを認識しているとのことです!例えば、[1][2]が同じ比率ならば、地磁気と垂直な方向に向かっており、[1]の割合が増えると地磁気の向きに近づいいる、という具合です。
 この状況は、図の下段に示すように、量子回路でシミュレーションで再現できます。例えば、シータが30度ならば、[1]singletの割合は0.93となります。このことから、コマドリは、量子コンピューティングを利用していると言える(かも知れません)!?

2025年12月27日土曜日

Robins May Use “Quantum Entanglement” for Migration

Summary:
The European robin, a migratory bird, is said to sense the direction of Earth’s magnetic field by using quantum entanglement, helping it navigate toward its destination. Although the mechanism has not yet been fully explained scientifically, I used this idea as a simple example for quantum computing and explored the question, “Why is quantum entanglement necessary?”

→日本語版はこちら

🟢Robins may sense Earth’s magnetism using quantum entanglement

A short article in the Japanese science magazine Newton (May 2022) suggested that migratory birds might make use of quantum effects. According to the article, when a robin’s eye receives blue light, a protein in the retina called cryptochrome produces many pairs of electrons in a quantum-entangled state. These pairs come in two types:

[1] singlet, where the spins point in opposite directions, and
[2] triplet, where the spins are aligned.

It is said that by comparing the proportions of these two states, the bird can sense the angle of Earth’s magnetic field.

Here, we assume that the bird is trying to fly roughly in the direction of the Earth's magnetic field. As illustrated below, if all pairs are in the singlet state, the bird perceives itself as facing parallel to the magnetic field and flies in that direction. If singlet and triplet appear in equal amounts, it perceives itself as perpendicular to the field and will look for another direction.

🟢Checking the idea with my own quantum-circuit simulator

The article itself was only a brief overview. Rather than stopping there, I decided to reproduce the situation using my own quantum-circuit simulator. Since the robin is thought to judge direction from the proportion of singlet states, I modeled this behavior for quantum computing and ran simulations.

To summarize the results: when the singlet proportion was 0.5, the corresponding angle was 90°, so the bird could not proceed. After “trying again,” the bird found a case where the singlet proportion became 0.93. The corresponding angle was 30°, which seems suitable for flight — so the bird could continue in that direction.

This is exactly a practical use of quantum computing. As an exercise for beginners, it is a very good learning problem.

In the circuit I created, two qubits are first flipped with X gates, then passed through a Bell circuit to generate a singlet. After that, I simply apply a rotation gate RY(θ) to the first qubit. By changing θ, the proportion of singlet states increases or decreases, representing different angles between the bird and Earth’s magnetic field.

🟢Testing on IBM’s real quantum computer

Up to this point, everything was done in my simulator. However, when I ran the same circuit on IBM’s real quantum hardware, I obtained nearly the same results, as shown below.

🟢Why is quantum entanglement necessary?

The discussion so far is already complete in one sense — but why do we need quantum entanglement at all? In fact, if we remove the Bell circuit from the circuit above, it still seems possible to change the proportion of singlet and triplet states. That is a very good question, and my answer is as follows.

However, because entangled states are more fragile than tensor-product (separable) states, it may not necessarily turn out exactly as described below.

In short, I believe entanglement is required in order to follow “the rules of the quantum world.” Although I did not explain it earlier, in the first diagram I wrote the words “cancellation” near the singlet and “amplification” near the triplet. These words actually matter.

First, it would be extremely difficult, considering environmental disturbances, to prepare many pairs of electrons whose spins are perfectly anti-aligned from the beginning. On the other hand, if the electron pairs are entangled, it becomes possible to maintain a stable situation in which “the total spin is zero.” This is what I meant by “cancellation.”

Next, Earth’s magnetic field is very weak. When electron pairs are in an entangled state, it becomes easier for them to transition between singlet and triplet with only a very small amount of energy. For example, when moving to the triplet state, the electrons do not respond to the magnetic field one by one. Instead, they respond as an entangled pair, so their sensitivity can be amplified. That is the meaning of the term “amplification” in the triplet diagram.

In summary, if we were only changing the proportions of singlet and triplet states in a purely logical or statistical sense, quantum entanglement would not seem necessary. However, when we take into account the actual “behavior of quantum systems inside living organisms,” the story changes. What happens inside the eye of the European robin is not just a simple chemical reaction, but rather a highly refined form of “quantum computing” shaped by nature over tens of millions of years.


2025年12月25日木曜日

コマドリは渡りに「量子もつれ」を使っているらしい

 【要旨】渡り鳥の一種、ヨーロッパコマドリは、量子もつれを利用して地磁気の向きを感知し、目的地を目指すと言われる。まだ、科学的に解明はされていないようだが、これを簡単な量子コンピューティングの例題とした。また、"なぜ量子もつれが必要なのか?"も考察した。

簡略バージョンはこちら
→English version is here
Linkedinにも投稿しました。(いくつかのQ&Aを含む)

🟢コマドリは「量子もつれ」を使って地磁気を感知する
 日本の科学雑誌Newton(2022-05)に、渡り鳥は量子を利用している可能性があるとの短い記事(実質1ページのみ)がありました。それによれば、「こまどり」は、青い光を受けると、網膜のタンパク質(クリプトクロム)に、「量子もつれ」状態の多数の電子のペアを作ります。そのペアには、スピンの向きが逆向きの[1]シングレットと、スピンの向きが揃っている[2]トリプレットの2種類があります。これら2つの存在割合から、地磁気に対する角度を感知できるとのことです。

 ここでは、この鳥は、ほぼ地磁気の向きに飛ぼうとしていると仮定します。下図の通り、もしも、全てが[1]シングレットであるならば、自分の向きと地磁気の向きが並行と感知するので、その方向へ飛ぶことになるでしょう。また、[1]シングレット[2]トリプレットが同数ならば、地磁気に対して垂直だと感知するので、頭を振って別の方向を探すでしょう。

🟢自作の量子回路シミュレータで確認する
 上記の記事は短い概説でした。でも、ここでお話しだけに終わらせずに、自作の量子回路シミュレータを使って、この状況を再現することにしました。つまり、コマドリは、[1]シングレットが占める割合で地磁気の方向を判断するのですから、これを量子コンピューティング向けにモデル化し、シュミレーションを行いました。

 詳細は略しますが、下図の通り、例えば、[1]シングレットの割合が0.5となる場合は、角度90°ですから、これでは進めません。気を取り直して、首を振っていると、[1]シングレットの割合が0.93となる場合がありました。その時の角度は30°ですから、これならいいいだろう。そのまま、その方向へ飛んで行ける。

 これはまさに、量子コンピューティングの利用です!学び始めた人向けの練習問題として、とても良いのではないでしょうか!

 作成した量子回路では、2つの量子ビットをXゲートで反転させた後、Bell回路を通します。これで、シングレットを生成できます。引き続き、1番目の量子ビットに回転ゲートRY(θ)を与えるだけです。これによって、自分と地磁気との角度θに応じて、シングレットの割合を増減させることができます。

🟢IBMの量子コンピュータ実機でも確認
 ここまでは、自作シミュレータでやりましたが、IBMの量子コンピュータ実機でも、下図の通り、ほぼ同様の結果となることが確認できました。


🟢なぜ量子もつれが必要なのか?
 ここまでで一応閉じていますが、なぜ量子もつれを使うのか? 実際、上の回路でBell回路を取り除いても、シングレットとトリプレットの割合は変更できるように思われます。Good questionです!私の回答を以下に書きます。

(以下は、私自身の拙論です。また、もつれ状態は、テンソル積状態に比べて壊れやすいので、以下の叙述の通りになるとは言えないかも知れません。)

 簡単に言えば、「量子の世界の掟」に従うためだと思います。上記では説明しませんでしたが、最初の図の中の、シングレットトリプレットに、それぞれ、"キャンセル""増幅"と記入しました。これが意味を持ちます。

 まず、初期状態として、多数の電子対をそれぞれ完璧に逆向きに揃えておくことは、周りからの影響を考えると非常に困難と思われます。一方、各電子対にもつれを生じさせておくと、「全スピンの合計がゼロ」という状況を安定して作れます。"キャンセル"と書いた意味がそこにあります。

 次に、地磁気は非常に微弱です。電子の対が、もつれ状態になっていると、わずかなエネルギーで、シングレットとトリプレットの間を遷移させやすくなります。例えば、トリプレットに移行する場合、個々の電子が別々に磁場を感じるのではなく、もつれたペアとしてそれを感じれば、その感度は増幅されるはずです。トリプレットの図に"増幅"と書いた意味はそこにあります。

 まとめますと、単に、論理的、統計的に、シングレットとトリプレットの割合を変化させるのであれば、量子もつれは特に必要ないと思います。しかし、上に述べた「生物の世界での量子の振る舞い」を踏まえると、本論に述べた通りにすることが必要です。ヨーロッパコマドリの目の中で起きていることは、単純な化学反応ではなく、何千万年にも渡り自然界が作り上げた、洗練された「量子コンピューティング」なのでしょう。

2025年12月20日土曜日

フェルミ研究所の物理学者らが書いた量子コンピューティング入門書

  量子コンピューティングに関する入門書はかなり多くなってきた。日本語の本は少ないが、洋書はそうなっている。最近、下図の書籍を購入した。K-12(高校生)向けとされているが、大学生にも十分読み応えがあり、しっかりと基礎を築ける書籍である。もちろん、情報系などの大学教員にも間違いなく有用と感じたので、簡単に紹介したい。(他にも良書はあるので、これが最適というつもりはないが、稀有の書であろう。)

C. Hughes, J. Isaacson, A. Perry, R.F. Sun, J. Turner, 
Quantum Computing for the Quantum Curious, Springer, 2021.

🟢ハードカバーのカラー版はAdmazonなどで購入できる。(¥7,300)

🟢無料の完全なpdf版も提供されている。上図左下隅の「Open Access」との表示がそれを意味している!ここからダウンロードできるが、AmazonからKindle版も無償で入手できる。

いくつか特徴を挙げる。

(1)量子力学の観点を重視
 著者は、Fermi National Accelerator Laboratory(米国フェルミ国立加速器研究所)の物理学者たちである。それだけに、量子コンピューティングを単なる情報科学の世界とせず、量子力学の観点を丁寧に説いている。しかも、それを高校数学を習得していれば分かる程度の数式で説明している。

(2)量子物理実験をシミュレーションで
 例えば、最も基本的な事項であるSuperposition(量子状態重ね合わせ)は、物理的にはどのように作られるのか。それを、Beam Splitterや、有名なStern-Gerlachの実験で見せている。それらの多くは、英国のSt. Andrews大学が提供している量子力学シュミレーションツールで確認できるようにしている。Entanglement(量子もつれ)等についても同様である。

(Univ. of St. Andrewsの量子力学可視化プロジェクトQuVisより引用)

 また、深い内容だが楽しく学べそうな、FermilabによるK12向けチュートリアルにも言及している。

(フェルミ研究所のthe Quantum Atlasより引用)

(3)基本的な量子アルゴリズムをカバー
 量子力学の基本概念を理解した後、基本的な量子アルゴリズムに取り組む。Quantum Cryptography(量子暗号)、Quantum Teleportaton(量子テレポーテーション)、Deutsch-Jozsaアルゴリズム(均衡/定常関数判定)などである。ただし、K12向けなので、より高度な量子位相推定(QPE)や量子フーリエ変換(QFT)などは含まれない。したがって、これらを利用するショアの因数分解なども、この先のレベルの問題として残されている。

(4)理論→手計算→シミュレーション/実機実行→確認テスト
 このような順で理解を深める。手計算は特に重要である。その後のシミュレーションは上記(2)で述べた環境を利用する。だが、いくつかは、IBM Quantumコンピュータ実機も使う。Pythonなどのプログラミングは不要である。IBM Quantum Composerという、ビジュアルでインタラクティブな実行環境を使うからである。実機で動かすことは、シミュレーションではない、リアルな物理現象を再現することになるので、大いに意味がある。

(5)コンパクトで、練習問題が充実
 ブックカバー、全体のデザインも美しい。洋書としては珍しく薄い書籍(全150ページ)である。それがとても良い。ためらわずに手に取り、学ぼうとする人が多いだろう。中身は、上に述べた通り、コンパクトな英語で充実している。各章毎に、理解を確認し深めるための練習問題が多数用意されている。自習できるように、奇数番号の練習問題の略解は掲載されているが、偶数番号の練習問題の解答は載っていない。そのため、講義する教員側は、偶数番号の問題を宿題として出すことができる!

🟢私の感想
 フェルミ研究所の物理学者たちも、今後発展するだろう量子コンピューティングの重要性を見据えて、若い高校生に対して、今から学ぶ機会を与えようと努力しているように感じる。大学生でも全然遅くはない。日本の大学でも、基礎的な量子コンピューティング講座として本書を教科書にできるだろう。pdf版は無償という好条件もある。あるいはすでに、そうしているかも知れない。

🟢番外編 - 圏論
 ところで、本書の図の一つに、Fig.6.6がある。これは量子ゲートX, H, Zが量子状態をどのように変えるかを示したものである。これらの関係を眺めていると、数学の圏論を思い浮かべる人もいるだろう。あまり多くはないと思うが...。そして、最近、数学者加藤文元氏による圏論の解説本が出版され、非常に好評とのことである。
 念の為ですが、上図の黄色枠の圏論らしき図は、小生が生成AIに描かせた「こんな感じだろう」というものであり、加藤氏の書籍に載っているものではありません。
 すでに、Categorical Quantum Mechanics(圏論的量子力学)というのもあるらしい。奥は深い。世の中広い。

2025年11月10日月曜日

The Evolution of IBM Quantum Hardware

IBM Quantum has taken another big step forward. In addition to the familiar Eagle R3 processor, the company has now made its latest Heron R2 processor available to Open Plan (free-tier) users. I tested the following quantum circuit on Heron R2 (ibm_marrakesh), a circuit where quantum entanglement plays a key role.

 IBM Quantumは、これまでのEagle R3プロセッサに加えて、最新機Heron R2を、Open Plan(無償)ユーザに提供を開始した。私は、以下に示した量子回路(量子もつれが重要な役割を果たしている)をHeron R2で実行してみた。

The result was astonishing! As shown in the figure, the error rate dropped to less than one-third of what I observed ten months ago when running the same circuit on Eagle R3 (ibm_brisbane). Thanks to this improvement, the success rate jumped from 86% to an impressive 96%. For users to feel this level of hardware progress firsthand is incredibly meaningful. Thank you, IBM Quantum!

 驚くべき結果であった!下図に示す通り、10ヶ月前にEagle R3プロセッサで実行した場合よりも、エラー率が1/3以下に低減した!これにより、この量子回路での正答率は86%%から96%に大幅に向上した。ユーザが、ハードウェアのこのような進歩を実感できたことの意味は非常に大きい。ありがとう、IBM Quantum!

By the way, when you look at the processor logos for Eagle and Heron, most people probably feel that the Eagle looks stronger and more powerful. But in reality, Herons are remarkably resilient and graceful. That “grace” might very well symbolize the reduction in errors. IBM really nailed the naming on this one!

 ところで、プロセッサのロゴ、ワシ(Eagle)とサギ(Heron)を比較すると、ワシの方が強そうなイメージを持つ人が多いだろう。しかし、実はサギもしなやかで強いのである。「しなやかさ」は、エラー低減を意味するのかもしれない。IBMは良いネーミングをしたものですね!

2025年11月3日月曜日

Animation of Quantum Basis Probabilities and Phases in Time Evolution

This animation illustrates the time evolution of the probabilities and phases of quantum basis vectors in quantum computing. Although it may not have particular practical significance, observing how quantum states evolve can be quite enjoyable.

As an example, the upper part of Fig. 1 shows the Tiny Mermin–Peres circuit. Using the IBM Quantum Platform’s Composer, one can obtain detailed information as shown in the lower part of Fig. 1.
In contrast, my animation in Fig. 2 shows how the probabilities and phases of each basis vector change with the application of each quantum gate (H, Z, CZ, X, CX). It’s fun just to watch how the state transforms step by step.

In principle, creating such an animation requires defining the Hamiltonian corresponding to each quantum gate and evolving the system according to the Schrödinger equation. However, performing this process precisely is quite difficult. Therefore, a simplified method was used to produce an equivalent time evolution.
Fig.2 Animating probability and phase of basis vectors 
(Approximation by time evolution method)

As a result, the final quantum state of this circuit is confirmed to be identical in both Fig. 1 and Fig. 2. Among the 16 basis vectors, eight have a probability of 0.125 (1/8), while the remaining eight have a probability of zero. The phases of the two basis vectors |0100⟩ and |1110⟩ are π (or −π), and all other basis vectors have a phase of 0.

For your reference, we have also included a heat map showing the time progression of probability and phase.

🔴日本語訳
「基底の確率と位相の時間発展アニメーションを楽しむ」
 これは、量子コンピューティングにおける基底の確率と位相の時間発展アニメーションです。特段の有用性はないでしょうが、量子状態の変遷を見て楽しめるのは良いことだと考えます。例題として、Fig.1上段に示したTiny Mermin-Peres回路を用いました。例えば、IBM Quantum PlatformのComposerを使えば、FIg.1下段のような十分な情報が得られます。
 一方、私のアニメーションFig2.では、各量子ゲート(H, Z, CZ, X, CX)の適用ごとに、各基底ベクトルの確率と位相がどのように変化するかを見ることができます。ただ眺めているだけでも楽しい!
 このようなアニメーションを作るためには、本来は、各量子ゲートに対応するハミルトニアンを設定して、それをシュレディンガー方程式に則って時間発展させるべきですが、それを厳密に行うのはかなり難しいです。ですので、ある簡易的な方法を用いて、この時間発展と同等になるようにしました。
 結論として、この回路の最終量子状態は、Fig.1とFig.2で同じであることが確認できます。すなわち、16個の基底ベクトルのうち、8個の確率はいずれも0.125(1/8)であり、残り8個の確率はすべて0です。また、2つの基底 |0100>と|1110>の位相はπ(または-π)であり、その他の基底の位相はすべて0です。
 なお、ご参考までに、確率と位相の時間推移をヒートマップで示した図も載せておきました。

2025年10月31日金曜日

Quantum Computing and Quantum Mechanics for IT Engineers

IT技術者にとっての量子Computingと量子力学

 物理や化学ではなく、ソフトウェア開発やIT技術に生きている人たちも、今後、量子コンピューティングを無視することはできないかも知れない。では、量子力学は必要なのか?Absolutely Yes!でもあり、そうではなく、Little Yes?とも言えるという。

Even for those working in software development or IT—not in physics or chemistry—it may soon be impossible to ignore quantum computing.But does that mean we need to learn quantum mechanics? The answer is both Absolutely Yes! and, in a sense, Maybe just a little yes.

Conclusion:
Take the Hadamard transform, for example. If we let the time evolution operator U(t) above proceed up to t=π/Ω, the result becomes exactly the same as applying the Hadamard gate. In other words, we no longer need to go back to the Schrödinger equation to understand it. That’s great news for IT engineers!