2026年5月11日月曜日

密度行列における部分トレースと部分系の純粋性

【要旨】量子ビットの状態は、環境の影響を受けることにより、複数の状態が(古典的な)統計的に混じり合った混合状態になる。例えば、|0>と|1>が50%づつ混じった状態などである。これは、|0>や|1>、および(|0>+|1>)/√2 等の純粋状態と区別される。しかし、通常のZ基底による測定結果の統計分析だけでは、測定前が、混合状態であったのか、純粋状態であったのかは、一般に区別できない。そこで、混合状態と純粋状態を統一的に扱う密度行列というものが登場する。これを利用すると、興味深いことに、全体が純粋状態であった場合でも、部分系は混合状態であることがある。その状況を、4量子ビットのシステムにおいて確かめてみた。

🟢4-qubit(a,b,c,d)の2種類の純粋状態について考える
 以下の2つの場合について考察する。① もつれのない純粋状態と、② 完全にもつれた純粋状態、である。

① 量子もつれのない純粋状態
 各 qubit が独立な状態として、例えば次の状態を考える。 $$
|\psi\rangle = |0\rangle_a \otimes |1\rangle_b \otimes |0\rangle_c \otimes |1\rangle_d
$$ 全体密度行列は、 $$\rho_{abcd} = |\psi\rangle \langle \psi| $$である。 この状態は積状態(product state)であり、qubit a は他の qubit と全くもつれていない。
部分トレースを行う。システムbcd(aを除いた)をトレースアウトすると、$$\rho_a = \mathrm{Tr}_{bcd}(\rho) $$ この結果、部分系 a の密度行列は以下の通りとなる。 $$\rho_a = |0\rangle \langle 0| $$ 行列表現では以下のようになる。 $$\rho_a = \begin{pmatrix}1 & 0 \\ 0 & 0\end{pmatrix} $$ 純粋状態か混合状態かを調べる。純粋状態である条件は以下の通りである: $$\rho_a^2 = \rho_a $$ 実際に計算してみると、 $$ \begin{pmatrix}1 & 0 \\ 0 & 0\end{pmatrix}^2=\begin{pmatrix}1 & 0 \\ 0 & 0\end{pmatrix} $$ したがって、部分系 a は純粋状態である。

② 完全にもつれた純粋状態
 以下の4 qubit の GHZ 状態を考える。これは、4 qubit全体で完全にもつれた純粋状態である。 $$
|\psi\rangle = \frac{1}{\sqrt{2}}\left(|0000\rangle + |1111\rangle\right)
$$ 
全体系の密度行列は以下の通りとなる。 $$\rho_{abcd} = |\psi\rangle \langle \psi| $$ これを展開すると以下のようになる。 $$
\rho_{abcd} = 
$$ $$
 \frac{1}{2}\Big(|0000\rangle\langle0000| + |0000\rangle\langle1111| + |1111\rangle\langle0000| + |1111\rangle\langle1111|\Big) 
$$ ここで、bcdを部分トレースし、以下のようにaに関する部分密度行列を計算する。 $$\rho_a = \mathrm{Tr}_{bcd}(\rho_{abcd}) $$ この部分トレースを行うと以下の交差項は消える。 $$ |0000\rangle\langle1111|, |1111\rangle\langle0000|$$ その結果、aに関する部分密度行列は以下のようになる。 $$\rho_a = \frac{1}{2}\left(|0\rangle\langle0| + |1\rangle\langle1|\right) $$ 行列表現は以下のようになる: $$\rho_a = \frac{1}{2}\begin{pmatrix}1 & 0 \\ 0 & 1\end{pmatrix} $$ 純粋状態か混合状態かであるが、この部分密度行列については、以下のように、純粋状態の条件を満たさない。すなわち、 $$ \rho_a^2 = \left(\frac{1}{2}\begin{pmatrix}1 & 0 \\ 0 & 1\end{pmatrix}\right)^2 = \frac{1}{4}\begin{pmatrix}1 & 0 \\ 0 & 1\end{pmatrix} \neq \rho_a $$ したがって、部分系 a は混合状態である。

🟢結論
 量子もつれのない積状態では部分系も純粋状態となる。一方、完全にもつれた純粋状態では、全体系は純粋状態であっても、部分系は混合状態となる。これは量子もつれの本質的特徴の一つであり、「全体系の情報は完全でも、部分系だけを見ると統計的混合に見える」という現象を示している。これは興味深いことである。

🟢補足
 上に述べた、全体の密度行列を、トレースアウトして、部分密度行列を算出する手順は省略したが、実はこの計算は、テンソル積、外積、内積が絡み合っているので戸惑った。しかし、以下の公式を思い出すことによって、計算することができた。特に、最後の公式は見逃しやすく、とても重要と思うので掲載しておきたい。
$$ \begin{align} (A\otimes B)(|x\rangle\otimes|y\rangle)=(A|x\rangle)\otimes(B|y\rangle)\\ (\langle a|\otimes\langle b|)(|c\rangle\otimes|d\rangle)=\langle a|c\rangle\langle b|d\rangle \\ (|a\rangle\langle c|)\otimes(|b\rangle\langle d|)=|ab\rangle\langle cd|\\ \sum_i |i\rangle\langle i|=I\\ {}_{\mathbf{Y}}\langle \psi|(|a\rangle_\mathbf{X}\otimes |b\rangle_\mathbf{Y})=|a\rangle_\mathbf{X} \,{}_{\mathbf{Y}}\langle \psi |b\rangle_\mathbf{Y}\\ \end{align} $$  最後の公式は、部分系Yに属するブラは、その部分系Yのケットにだけ作用することを意味する。また、以下のようにみなすと、最後の公式は、上から2番目の公式の特別の場合であることが分かる。 $$ {}_{\mathbf{Y}}\langle \psi| =I_\mathbf{X}\otimes {}_{\mathbf{Y}}\langle \psi| $$