【要旨】政府関係機関(理研など)主催の量子コンピューティング国際会議 "Quantum Innovation 2024" が、東京(お茶の水)で3日間に渡り開催された。主に、研究者や専門家向けの会議である。日本、米国、欧州などの主要な研究機関からの講演と多数のポスター展示が行われた。小生は、単なる量子コンピューティング愛好者(アマチュア)に過ぎず、理解は全く十分ではないのだが、参加しての感想などを、極く簡単に述べたい。
🔴開催概要
参加者は500名を超え、会場のキャパシティから満員御礼が出ていた。量子コンピュータの実用化にはまだまだ時間がかかる状況にも関わらず、これだけの参加者があって、活気に満ちていたことは、予想外であった。大手の量子コンピュータメーカであるIBMやGoogleなどからの発表などは全くなかった。もしも、それもあれば、雰囲気はもっと変わっていただろうが、今回はそうではなく、各国の政府関係機関や大学等の取り組み状況や研究開発マイルストーンが示され、討論がなされた。
狙いとして、(1)量子技術の実用化の促進、(2)量子技術の人材育成、(3)国際協力の促進などが掲げられていたのだが、(2)の人材育成はほとんど語られず、(1)と(3)が主な話題であった。講演はKeynoteを含めて80件ほど、また、ポスタセッションは合計150件と意外に多かった。講演は著名な研究者の登壇が目についたが、ポスターは学生発表もかなり多かった。それが、暗黙の(2)人材育成なのかも知れない。
🔴Plenary Sessions(Keynote)からいくつか
・Sergio Cantu : QuEra’s path to fault-tolerant quantum
ボストンを拠点とするQuEra Computing IncのCEOの講演。超電導方式に代わる中性原子(neutral atom)による量子コンピュータの開発で、昨年末あたりから急に有名になっているベンチャである。HarvardおよびMITと密接に繋がっている。特に、量子エラー訂正に対するアプローチと、フォールト トレラントな量子コンピューティング(ハード、ソフト、アルゴリズム、クラウドアクセスを包含)の実現を目指す。2024年に256-qubit、2025年に3,000-qubit、2026年に10,000-qubitを世に出したいとのこと。
・Vlatko Vedral (Oxford U):Quantum physics in the macroscopic domain
冒頭で、"Quantumとは真に何を意味するか?”という、ドキッとする質問を会場に投げかけていた。案の定、哲学的というか生命の根源に関わる話が続いた。すなわち、生命システムも量子コヒーレンス、重ね合わせ、そして量子エンタングルメントも利用して、特定のタスクを効率的に実行していることを示唆する証拠がある(バクテリアでの例)というお話!それを、マクロレベルで、量子効果の維持および制御に結びつけられるのかを考える。すなわち、量子コンピュータを構成するために。
・Taro Shimada(Quantum STrategic industry Alliance for Revolution(Q-STAR))
Q-STAR’s initiatives for building a quantum ecosystem
Q-STARは、産官学一体となった量子技術への転換を加速させることを目指す、日本の一般社団法人。量子技術の急速な進歩に伴い、多くの国が国家戦略を策定し、国際協力を推進している。Q-STARは、堅牢な量子システムの構築、国際標準化の推進、グローバルパートナーシップの強化に向けて活動している。具体的な量子コンピュータ方式としては、冷却原子タイプのものに着目しているようである。
・Celia Merzbacher(QED-C 米国):QED-C Overview: Looking back and looking ahead
QED-Cは、量子産業の実現と成長を目指す利害関係者の経済グローバル コンソーシアムである。米国国家量子イニシアチブ (NQI) の一環として設立され、250 を超えるメンバーと米国立標準技術研究所 (NIST) によってサポートされている。QED-C は、エネルギー、金融、物流、ナビゲーション、バイオメディカルなど、さまざまな分野での量子技術の使用事例に関するレポートを公開していて、国際協力を進めるている。だが、技術輸出は、国家の安全保安上、慎重さが求められることも強調していたのが印象的だった。
🔴一般講演の分野は三つ
上記以外の講演とポスターセッションは、大きく以下の3分野に分けられていた。
- 量子コンピューティング(Quantum Computing)
- 量子センシング(Quantum Sensing)
- 量子暗号と通信(Quantum Cryptography & Communication)
🔴量子暗号と通信(Quantum Cryptography & Communication)
これは、社会一般にそのインパクトが伝わりやすいので注目度は高まっている。特に、量子鍵配送(QKD:Quantum Key Distribution)は、量子セキュアネットワークの不可欠な要素である。(正しいか否か確信は持てないが)この分野は、汎用的な量子コンピュータが実現しなくても、すでに利用できる量子技術があるため研究開発が進んでいるのではないか。すなわち、アプリケーションレイヤーのソフトウェア技術は、1984年に発表されたBB84と、1991年に発表されたEkert Protocolが現在でも理論的基盤となっていることは間違いなかろう。
BB84では量子もつれは使われないが、Ekertは量子もつれが根底にある。両アルゴリズムとも、送信者と受信者が独立にランダムに選択した正規直交基底を用い、それぞれの測定結果としての確率が、盗聴の有無を決定づける。だが、100Kmオーバーの距離で、大量のもつれた量子対を光通信で送るための技術課題が多く、現在それに取り組んでいるという状況らしい。すなわち、アプリケーションレイヤの下の、Network management、Key management、Quantum Layerの各々の実装技術である。数件あったこの分野の発表のうち、シンガポール国立大のHao Qinの講演や、東芝のShinya Murai氏による講演は比較的分かりやすく、説得性があったように思う。