2025年12月31日水曜日

コマドリは渡りに「量子もつれ」を使っているらしい(簡略版)

 本日は大晦日です。今年最後の記事は、前回のこちらの記事の縮小バージョンとしました。

 ある説によれば(科学的に十分な解明はなされていないが)、「こまどり」は、ある条件下で、「量子もつれ」という状態の量子(ここでは電子)のペアをたくさん作ります。2種類あります。一つは[1]singletと呼ばれる、スピンの向きが逆のペアであり、もう一つはスピンの向きが揃った状態の[2]tripletです。この2種の状態は、相互に行ったり来たり遷移します。

 驚くべきことに、コマドリは、全体に占める[1]singletの割合から、地磁気との角度θを認識しているとのことです!例えば、[1][2]が同じ比率ならば、地磁気と垂直な方向に向かっており、[1]の割合が増えると地磁気の向きに近づいいる、という具合です。
 この状況は、図の下段に示すように、量子回路でシミュレーションで再現できます。例えば、シータが30度ならば、[1]singletの割合は0.93となります。このことから、コマドリは、量子コンピューティングを利用していると言える(かも知れません)!?

2025年12月27日土曜日

Robins May Use “Quantum Entanglement” for Migration

Summary:
The European robin, a migratory bird, is said to sense the direction of Earth’s magnetic field by using quantum entanglement, helping it navigate toward its destination. Although the mechanism has not yet been fully explained scientifically, I used this idea as a simple example for quantum computing and explored the question, “Why is quantum entanglement necessary?”

→日本語版はこちら

🟢Robins may sense Earth’s magnetism using quantum entanglement

A short article in the Japanese science magazine Newton (May 2022) suggested that migratory birds might make use of quantum effects. According to the article, when a robin’s eye receives blue light, a protein in the retina called cryptochrome produces many pairs of electrons in a quantum-entangled state. These pairs come in two types:

[1] singlet, where the spins point in opposite directions, and
[2] triplet, where the spins are aligned.

It is said that by comparing the proportions of these two states, the bird can sense the angle of Earth’s magnetic field.

Here, we assume that the bird is trying to fly roughly in the direction of the Earth's magnetic field. As illustrated below, if all pairs are in the singlet state, the bird perceives itself as facing parallel to the magnetic field and flies in that direction. If singlet and triplet appear in equal amounts, it perceives itself as perpendicular to the field and will look for another direction.

🟢Checking the idea with my own quantum-circuit simulator

The article itself was only a brief overview. Rather than stopping there, I decided to reproduce the situation using my own quantum-circuit simulator. Since the robin is thought to judge direction from the proportion of singlet states, I modeled this behavior for quantum computing and ran simulations.

To summarize the results: when the singlet proportion was 0.5, the corresponding angle was 90°, so the bird could not proceed. After “trying again,” the bird found a case where the singlet proportion became 0.93. The corresponding angle was 30°, which seems suitable for flight — so the bird could continue in that direction.

This is exactly a practical use of quantum computing. As an exercise for beginners, it is a very good learning problem.

In the circuit I created, two qubits are first flipped with X gates, then passed through a Bell circuit to generate a singlet. After that, I simply apply a rotation gate RY(θ) to the first qubit. By changing θ, the proportion of singlet states increases or decreases, representing different angles between the bird and Earth’s magnetic field.

🟢Testing on IBM’s real quantum computer

Up to this point, everything was done in my simulator. However, when I ran the same circuit on IBM’s real quantum hardware, I obtained nearly the same results, as shown below.

🟢Why is quantum entanglement necessary?

The discussion so far is already complete in one sense — but why do we need quantum entanglement at all? In fact, if we remove the Bell circuit from the circuit above, it still seems possible to change the proportion of singlet and triplet states. That is a very good question, and my answer is as follows.

However, because entangled states are more fragile than tensor-product (separable) states, it may not necessarily turn out exactly as described below.

In short, I believe entanglement is required in order to follow “the rules of the quantum world.” Although I did not explain it earlier, in the first diagram I wrote the words “cancellation” near the singlet and “amplification” near the triplet. These words actually matter.

First, it would be extremely difficult, considering environmental disturbances, to prepare many pairs of electrons whose spins are perfectly anti-aligned from the beginning. On the other hand, if the electron pairs are entangled, it becomes possible to maintain a stable situation in which “the total spin is zero.” This is what I meant by “cancellation.”

Next, Earth’s magnetic field is very weak. When electron pairs are in an entangled state, it becomes easier for them to transition between singlet and triplet with only a very small amount of energy. For example, when moving to the triplet state, the electrons do not respond to the magnetic field one by one. Instead, they respond as an entangled pair, so their sensitivity can be amplified. That is the meaning of the term “amplification” in the triplet diagram.

In summary, if we were only changing the proportions of singlet and triplet states in a purely logical or statistical sense, quantum entanglement would not seem necessary. However, when we take into account the actual “behavior of quantum systems inside living organisms,” the story changes. What happens inside the eye of the European robin is not just a simple chemical reaction, but rather a highly refined form of “quantum computing” shaped by nature over tens of millions of years.


2025年12月25日木曜日

コマドリは渡りに「量子もつれ」を使っているらしい

 【要旨】渡り鳥の一種、ヨーロッパコマドリは、量子もつれを利用して地磁気の向きを感知し、目的地を目指すと言われる。まだ、科学的に解明はされていないようだが、これを簡単な量子コンピューティングの例題とした。また、"なぜ量子もつれが必要なのか?"も考察した。

簡略バージョンはこちら
→English version is here
Linkedinにも投稿しました。(いくつかのQ&Aを含む)

🟢コマドリは「量子もつれ」を使って地磁気を感知する
 日本の科学雑誌Newton(2022-05)に、渡り鳥は量子を利用している可能性があるとの短い記事(実質1ページのみ)がありました。それによれば、「こまどり」は、青い光を受けると、網膜のタンパク質(クリプトクロム)に、「量子もつれ」状態の多数の電子のペアを作ります。そのペアには、スピンの向きが逆向きの[1]シングレットと、スピンの向きが揃っている[2]トリプレットの2種類があります。これら2つの存在割合から、地磁気に対する角度を感知できるとのことです。

 ここでは、この鳥は、ほぼ地磁気の向きに飛ぼうとしていると仮定します。下図の通り、もしも、全てが[1]シングレットであるならば、自分の向きと地磁気の向きが並行と感知するので、その方向へ飛ぶことになるでしょう。また、[1]シングレット[2]トリプレットが同数ならば、地磁気に対して垂直だと感知するので、頭を振って別の方向を探すでしょう。

🟢自作の量子回路シミュレータで確認する
 上記の記事は短い概説でした。でも、ここでお話しだけに終わらせずに、自作の量子回路シミュレータを使って、この状況を再現することにしました。つまり、コマドリは、[1]シングレットが占める割合で地磁気の方向を判断するのですから、これを量子コンピューティング向けにモデル化し、シュミレーションを行いました。

 詳細は略しますが、下図の通り、例えば、[1]シングレットの割合が0.5となる場合は、角度90°ですから、これでは進めません。気を取り直して、首を振っていると、[1]シングレットの割合が0.93となる場合がありました。その時の角度は30°ですから、これならいいいだろう。そのまま、その方向へ飛んで行ける。

 これはまさに、量子コンピューティングの利用です!学び始めた人向けの練習問題として、とても良いのではないでしょうか!

 作成した量子回路では、2つの量子ビットをXゲートで反転させた後、Bell回路を通します。これで、シングレットを生成できます。引き続き、1番目の量子ビットに回転ゲートRY(θ)を与えるだけです。これによって、自分と地磁気との角度θに応じて、シングレットの割合を増減させることができます。

🟢IBMの量子コンピュータ実機でも確認
 ここまでは、自作シミュレータでやりましたが、IBMの量子コンピュータ実機でも、下図の通り、ほぼ同様の結果となることが確認できました。


🟢なぜ量子もつれが必要なのか?
 ここまでで一応閉じていますが、なぜ量子もつれを使うのか? 実際、上の回路でBell回路を取り除いても、シングレットとトリプレットの割合は変更できるように思われます。Good questionです!私の回答を以下に書きます。

(以下は、私自身の拙論です。また、もつれ状態は、テンソル積状態に比べて壊れやすいので、以下の叙述の通りになるとは言えないかも知れません。)

 簡単に言えば、「量子の世界の掟」に従うためだと思います。上記では説明しませんでしたが、最初の図の中の、シングレットトリプレットに、それぞれ、"キャンセル""増幅"と記入しました。これが意味を持ちます。

 まず、初期状態として、多数の電子対をそれぞれ完璧に逆向きに揃えておくことは、周りからの影響を考えると非常に困難と思われます。一方、各電子対にもつれを生じさせておくと、「全スピンの合計がゼロ」という状況を安定して作れます。"キャンセル"と書いた意味がそこにあります。

 次に、地磁気は非常に微弱です。電子の対が、もつれ状態になっていると、わずかなエネルギーで、シングレットとトリプレットの間を遷移させやすくなります。例えば、トリプレットに移行する場合、個々の電子が別々に磁場を感じるのではなく、もつれたペアとしてそれを感じれば、その感度は増幅されるはずです。トリプレットの図に"増幅"と書いた意味はそこにあります。

 まとめますと、単に、論理的、統計的に、シングレットとトリプレットの割合を変化させるのであれば、量子もつれは特に必要ないと思います。しかし、上に述べた「生物の世界での量子の振る舞い」を踏まえると、本論に述べた通りにすることが必要です。ヨーロッパコマドリの目の中で起きていることは、単純な化学反応ではなく、何千万年にも渡り自然界が作り上げた、洗練された「量子コンピューティング」なのでしょう。

2025年12月20日土曜日

フェルミ研究所の物理学者らが書いた量子コンピューティング入門書

  量子コンピューティングに関する入門書はかなり多くなってきた。日本語の本は少ないが、洋書はそうなっている。最近、下図の書籍を購入した。K-12(高校生)向けとされているが、大学生にも十分読み応えがあり、しっかりと基礎を築ける書籍である。もちろん、情報系などの大学教員にも間違いなく有用と感じたので、簡単に紹介したい。(他にも良書はあるので、これが最適というつもりはないが、稀有の書であろう。)

C. Hughes, J. Isaacson, A. Perry, R.F. Sun, J. Turner, 
Quantum Computing for the Quantum Curious, Springer, 2021.

🟢ハードカバーのカラー版はAdmazonなどで購入できる。(¥7,300)

🟢無料の完全なpdf版も提供されている。上図左下隅の「Open Access」との表示がそれを意味している!ここからダウンロードできるが、AmazonからKindle版も無償で入手できる。

いくつか特徴を挙げる。

(1)量子力学の観点を重視
 著者は、Fermi National Accelerator Laboratory(米国フェルミ国立加速器研究所)の物理学者たちである。それだけに、量子コンピューティングを単なる情報科学の世界とせず、量子力学の観点を丁寧に説いている。しかも、それを高校数学を習得していれば分かる程度の数式で説明している。

(2)量子物理実験をシミュレーションで
 例えば、最も基本的な事項であるSuperposition(量子状態重ね合わせ)は、物理的にはどのように作られるのか。それを、Beam Splitterや、有名なStern-Gerlachの実験で見せている。それらの多くは、英国のSt. Andrews大学が提供している量子力学シュミレーションツールで確認できるようにしている。Entanglement(量子もつれ)等についても同様である。

(Univ. of St. Andrewsの量子力学可視化プロジェクトQuVisより引用)

 また、深い内容だが楽しく学べそうな、FermilabによるK12向けチュートリアルにも言及している。

(フェルミ研究所のthe Quantum Atlasより引用)

(3)基本的な量子アルゴリズムをカバー
 量子力学の基本概念を理解した後、基本的な量子アルゴリズムに取り組む。Quantum Cryptography(量子暗号)、Quantum Teleportaton(量子テレポーテーション)、Deutsch-Jozsaアルゴリズム(均衡/定常関数判定)などである。ただし、K12向けなので、より高度な量子位相推定(QPE)や量子フーリエ変換(QFT)などは含まれない。したがって、これらを利用するショアの因数分解なども、この先のレベルの問題として残されている。

(4)理論→手計算→シミュレーション/実機実行→確認テスト
 このような順で理解を深める。手計算は特に重要である。その後のシミュレーションは上記(2)で述べた環境を利用する。だが、いくつかは、IBM Quantumコンピュータ実機も使う。Pythonなどのプログラミングは不要である。IBM Quantum Composerという、ビジュアルでインタラクティブな実行環境を使うからである。実機で動かすことは、シミュレーションではない、リアルな物理現象を再現することになるので、大いに意味がある。

(5)コンパクトで、練習問題が充実
 ブックカバー、全体のデザインも美しい。洋書としては珍しく薄い書籍(全150ページ)である。それがとても良い。ためらわずに手に取り、学ぼうとする人が多いだろう。中身は、上に述べた通り、コンパクトな英語で充実している。各章毎に、理解を確認し深めるための練習問題が多数用意されている。自習できるように、奇数番号の練習問題の略解は掲載されているが、偶数番号の練習問題の解答は載っていない。そのため、講義する教員側は、偶数番号の問題を宿題として出すことができる!

🟢私の感想
 フェルミ研究所の物理学者たちも、今後発展するだろう量子コンピューティングの重要性を見据えて、若い高校生に対して、今から学ぶ機会を与えようと努力しているように感じる。大学生でも全然遅くはない。日本の大学でも、基礎的な量子コンピューティング講座として本書を教科書にできるだろう。pdf版は無償という好条件もある。あるいはすでに、そうしているかも知れない。

🟢番外編 - 圏論
 ところで、本書の図の一つに、Fig.6.6がある。これは量子ゲートX, H, Zが量子状態をどのように変えるかを示したものである。これらの関係を眺めていると、数学の圏論を思い浮かべる人もいるだろう。あまり多くはないと思うが...。そして、最近、数学者加藤文元氏による圏論の解説本が出版され、非常に好評とのことである。
 念の為ですが、上図の黄色枠の圏論らしき図は、小生が生成AIに描かせた「こんな感じだろう」というものであり、加藤氏の書籍に載っているものではありません。
 すでに、Categorical Quantum Mechanics(圏論的量子力学)というのもあるらしい。奥は深い。世の中広い。