2025年10月22日水曜日

Bell回路の時間発展アニメーション

Time Evolution of the Bell Circuit

🔴概 要
 前報(→こちら)では、1量子ビットに対するアダマール変換が、シュレディンガー方程式を利用した時間発展と等価であることを知った。今回は、2量子ビットで量子もつれを生じさせるBell回路を対象として、同様の考察を行った。多くの量子コンピューティングの書籍では、1番目の量子ビットにアダマール変換を施し、次に2つの量子ビットにCNOTを施すと、瞬時に量子もつれ状態になると説明されている。だが、そこへ至るまでの時間発展を観察することは、量子力学を少し深く知ることに繋がり、量子コンピューティングを学ぶ上で有用であろう。

In the previous post, we learned that the Hadamard transformation applied to a single qubit is equivalent to time evolution governed by the Schrödinger equation.In this study, I extended that idea to a two-qubit system — the Bell circuit, which generates quantum entanglement.

In many quantum computing textbooks, it is explained that if we apply a Hadamard gate to the first qubit and then a CNOT gate to the two qubits, the system instantly becomes an entangled Bell state. However, observing how the system evolves in time toward that entangled state provides deeper insight into quantum mechanics itself. Such an approach can be highly valuable for anyone learning quantum computing, as it connects the abstract circuit model with the underlying physical process of quantum evolution.

🔴Bell回路の時間発展の観察
 下図の下段には、Bell回路のシミュレーションのスナップショットが示されている。左側は、アダマール変換を施した結果を、右側にはその後CNOTを施した結果である。一方、上段のグラフは、Bell回路に対応するハミルトニアンを時間発展させた結果である。シミュレーションの前半と後半に分けて、4つの基底|00>, |10>, |01>, |11>それぞれの測定確率を描いている。

 詳細は略すが、前報同様に、アダマールゲートとCNOTゲートそれぞれに対応するハミルトニアンを時間発展させている。完了時間も、前報と同様に設定されるが、ここでは、前半と後半がそれぞれ換算時間が1.0となるようにしてある。経過時間1.0では、シミュレーションの結果と同じく、|00>と|01>がそれぞれ確率0.5で出現することがわかる。また、経過時間2.0では、量子もつれを意味する結果が得られている。すなわち、|00>と|11>の確率がそれぞれ0.5に置き換わっている。
 さらに、上記のことを見やすくするために、アニメーションも作成した。
 
 なお、3-qubitがGHZと呼ばれる量子もつれに至る状況も同様に描くことができた。つまり、|000>を初期状態として、適切なハミルトニアンの時間発展で (|000>+|111>)/√2の状態に至る過程は以下のようになる。

2025年10月19日日曜日

アダマール変換のアニメーション

🔴目 的
 量子ゲートは、一部の例外を除き、ユニタリ演算(行列演算)である。量子コンピュータでは、それはどのように実現されるのだろうか。詳細レベルでそれを示すことはできないが、シュレディンガー方程式 (Schrödinger Equation)を利用すれば、その動作の流れが分かる。ここでは、最も重要な量子ゲートの一つであるアダマール(Hadamard)ゲートを例として、その動作をアニメーションで確かめてみよう。

🔴アダマールゲート
 アダマールゲートHの適用効果は、量子シミュレータや実機で見ることができる。例えば、量子の初期状態が北極の状態 |0> であるとする。それに対するアダマールゲートの適用とは、Fig.1に示した行列Hを初期状態ベクトルに掛けることである。その結果 H|0> は、ブロッホ球の赤道とX軸の正方向の交点で表される、|0>と|1>の均等な重ね合わせ状態となる。その操作は一瞬の出来事のように見える。だが、そこへ至る経過を観察してみよう。

🔴ハミルトニアンの時間発展
 実は、時間依存シュレディンガー方程式に基づいて、以下のことが広く知られている。

「量子ゲートの機能は、量子状態をある規則に従って一定時間だけ変化させることで実現される。」

 この「状態の変化の規則」を決めるのがハミルトニアンHamiltonianである。量子ゲートの世界では、量子状態の変化は、量子をある回転軸で回転させることで生ずる。その回転軸と回転の強さ(回転速度)の情報をハミルトニアンに持たせている。そして、一定時間Tは、T= π/Ωという値で決まる。このΩは、システムの駆動強度に対応する角周波数(ラジアン毎秒)である。従って、Ωの値が非常に大きければ、量子ゲートの動作は一瞬にして終わることになる。それでは、次に、この時間Tに至るまでの動作アニメーションを見てみよう。

🔴ハミルトニアンの時間発展に伴う量子状態変化のアニメーション
 上記の時間Tまでの量子状態の変化を示そう。Fig.2は初期状態 |0> の場合であり、Fig.3は |+> の場合である。例えば、<σx>は、刻々変動する量子状態におけるパウリ演算子σxの期待値(測定される固有値の平均)を意味するが、実際には、ブロッホ球上のx座標値と考えて良い。<σy>, <σz>についても同様である。
 Hamiltonian(注1)の式の右辺にある(σx + σz)/√2は、パウリ演算子だが実はベクトルとみなすことができ((注1), (注2))、回転軸の方向を指している。Fig.2では、x座標は0→1へ、z座標は1→0へ変動している。σyはハミルトニアンの式には現れないが、y座標も変動している。
Fig.2 Changes in x, y, and z coordinates when applying the Hadamard gate to the initial state |0>

Fig.3 Changes in x, y, and z coordinates when applying the Hadamard gate to the initial state |+>

 Fig.4は、Fig.2とFig.3の結果をブロッホ球上に表示したものである。これにより、アダマールゲートとは、x軸とz軸の中間45度の傾き方向を軸として、反時計回りにπ(180度)だけ回転させる機能であることが確認できた。繰り返しになるが、それは、時間発展をT=π/Ω進めた時点での状態となる。なお、回転軸を示す、大文字のX, Yはそれぞれパウリ演算子σxとσzに対応する。
Fig. 4 Display of Fig. 2 and Fig. 3 on the Bloch sphere

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(注1)少し紛らわしいが、ここでは、アダマールゲートをHとし、ハミルトニアンはHの上にハット記号を載せている。
(注2)期待値 x> = <ψ|σx|ψ>は、ブロッホ球上での量子状態 |ψ> のx軸方向の成分を表す。
(注3)パウリ演算子σx(行列)は、ブロッホ球のx軸方向の単位ベクトルでもある。これは少し紛らわしいが、量子力学では常用されていることである。
(注4)ここでは、換算プランク定数を1とする、自然単位系をつかうとする。
(注5) Fig.1は、MIT App Inventorで作られた量子回路シミュレータである。また、Fig.2〜Fig.4のアニメーションはChatGPTを利用して作成した。


2025年10月10日金曜日

量子コンピューティングExpo2025に参加

🟢概況
 量子コンピューティングExpo2025(2025年10月8日〜幕張メッセ)に参加したので、断片的だが、小生のなかに残った事柄を記録したい。例年通り、「AI・人工知能Expo」と同時開催であり、【特設エリア】生成AI Hub, Aiエージェントworldへの出展数と参加者が圧倒的に多い。だが、小生はそれにもかからわず、量子コンピューティングの見聞に徹した。IBMやGoogleという巨大量子コンピュータ企業の出展はないが、富士通や、ベンチャー、従来のIT企業の取り組みなどが見られた。出遅れないようにしたいとの気概も感じられた。

🟢量子コンピュータ(モックアップ)の展示
 今年7月末に大阪で開催されたQuantum Innovation 2025は、専門家向けだったのに比べて、今回のExpoはIT技術者や一般向けである。会場でまず目に入ったのが、産総研の「今後の1000量子ビットコンピュータのモックアップ」である。「撮影OK!」と表示されているので、多くの人が記念撮影していた。従来のコンピュータとは造りがまるで違うなあ、という印象を与えるのに十分である!

🟢会場フリーセミナー(予約不要)に人気
 展示のすぐ傍で随時行われたフリーセミナは予想外に人気があった。初日は、図の通り5件の発表があり、いずれも関心が高かったようである。

 このうち、(株)Quemixという会社の「量子コンピュータの使い所とユースケース」は、とても良かった。材料計算、機械学習などに、従来のスーパーコンと量子コンピュータを連携して取り組む説明だが、これはすでに小生のブログ記事に書いたアルゴリズム(古典・量子ハイブリッド)VQA(Variational Quantum Algorithm)そのものではないのか!だから、素直に頭に入ってきた。さらに、その場合、古典データから量子状態への変換、および量子状態測定結果の取り出しの効率化が課題であるとの説明にも大いに納得できた。

🟢量子機械学習への取り組みの展示
 従来のIT企業、ソフトウェア会社でも、遅れを取らないようにと、機械学習への量子コンピューティングの適用を試みる展示もあった。たとえば、量子SVM(Quantum Support Vector Machine)を展示している会社があった。小生は、これに関してはこのブログ記事にも書いているので、自然にバンバン質問することができた。話しが深まり、「これ以上の説明には社長を呼んできます」というところまで行った。現状では、量子状態シミュレータで検討しており、量子コンピュータ実機では確認できていないとのことであり、これも大いに納得。量子コンピュータ実機でのFeature MappingとQuantum Kernelの計算にはまだまだ課題があるはずだ。

🟢藤井啓祐教授とQuEra北川拓也氏の対談
 これは、予約制のセミナーである。実際の内容は、量子コンピューティング界では誰もが知るお二人の対談(45分)だった。朝10:00開始なのに、およそ400席くらいの会場は満席だった。Webではなく、目の前でリアルに聞くと何かが違う!以下、全く断片的だが、思い出した項目を列挙する。(不正確な点があればご容赦ください。)    

  • 2014年に、量子コンピュータが誕生した。それ以降、超伝導方式が引っ張ってきた。現在は、それを含めて5つの方式が進行中。
  • 現在の「実験科学」は、「計算科学」へ移行する。量子コンピュータ自体が物理実験装置になる。特に化学計算分野。新しい触媒の発見や電池開発に注目。
  • AIが勝手に計算する時代になってくる。
  • 日本は、米国に次いで、ユースケースの発表が多い。また、NEDOでは懸賞付きCHallenge(コンテスト)も開催している。
  • 科学、ビジネスもいいが、これまでにないようなゲームも期待できる。パソコンの黎明期もゲームが引っ張ってきたと言える。それと同じかも。ユーザコミュニティQPARCも作られている。
  • Youtubeの量子コンピューティング解説が従実している。ぜひ、活用すべき。以前は、技術的に疑問符がつくもの多かったが、最近の例えば、ショアの因数分解などで、素晴らしい物がある。そのまま大学の講義になるほどである。
  • IT企業にも、物理系出身の人が意外といるものだ。そういう人を中心に、量子コンピューティング勉強会をやってはどうか。
  • 実際に動く量子コンピュータは100年経ってもできないと言われていたが、10年ですでにここまできている。ここ数年は、100〜200量子ビット構成で止まっているように見える。1000量子ビット機も発表されているが、稼働状況は不明な点が多い。
  • それは誤り訂正技術の進展を待っているためとも思える。
  • 現状では0.1〜1%程度の誤りが発生する。それを緩和する訂正技術も進んでいる。その技術の基本はパリティチェック(多数決で判断)に根ざしているように見える。
  • 30件を超える質問がwebで寄せられており、参考になった:「量子コンピュータの誤作動は、宇宙にコンピュータを置いたら?間違える理由の解消として摩擦、熱、重力とか解決できたりしないの?」、「文系の人でも量子コンピュータについて学ぶには、どのような所から勉強すればよいでしょうか?」、「IBMが野心的なロードマップを出していますが、どのように見られていますか?」、「NISQの範囲で世の中のビジネスにインパクトを与えるものってどんなものがあるのでしょうか?具体的なイメージがわかず、、、」等々。

🟢冷却原子方式(中性原子方式)
 量子コンピュータハードウェアとして、IBMやGoogleは、長らく超伝導方式で実績を重ねてきたが、近年冷却原子方式も台頭している。上記のQuEra(北川拓也氏)は、すでにこの方式の実機を完成させ、研究用に産総研に納めたことで有名である。会場で、この方式に関する説明小冊子が配布されていた。現状と可能性を知るのに有用だ。


---- 会場を歩き回ると疲れてくる -------
Night view near the conference venue (the night after Typhoon 22 passed)

2025年10月3日金曜日

Schrödinger Equation and Quantum Computing

Questions About Quantum Computing

As you progress in your study of quantum computing, the following questions will likely arise. This article explores these points in more detail.

  1. In most books and resources on quantum computing, the Schrödinger equation—which forms the foundation of quantum mechanics—rarely appears explicitly. Why is that?

  2. In quantum circuits used to implement quantum algorithms, the order in which quantum gates are applied is crucial. But is it really acceptable to ignore the execution time of each quantum gate?

    ---> For more information, please see this pdf file.


Schrödinger方程式と量子Computing

🔴量子コンピューティングに関する疑問


 量子コンピューティングをある程度進めて行くと、以下の疑問が湧くであろう。本稿ではこれを検討する。


  1. 量子コンピューティングの書籍等では、量子力学の基礎を与えるSchrödinger方程式がほとんど表に出てこない。それは何故か?
  2. 量子アルゴリズムを実装する量子回路において、量子ゲートの適用順序は重要だが、各量子ゲートの実行時間は考慮しなくて良いのか?