2024年6月24日月曜日

ショアの素因数分解に親しむためのスマホアプリ

 【要旨】著名なShor's Factoring Algorithmの本格的な実行には、大規模な誤り耐性量子コンピュータが必要であり、現時点の量子コンピュータでは、その実現がほとんど望めない。だが、理想的な量子コンピュータが出現した時には、このアルゴリズムが与えるインパクトは、サイバーセキュリティ上、非常に大きいと考えられている。ここでは、小さな整数(2つの素数の積)に対して、このショアのアルゴリズムを適用するためのスマホアプリを作成した。それによって、Shor'sに親しみを持ち、理解を深めることができた。

🔴Shor's Factoringの概要
 ショアのアルゴリズムの解説は多数存在するが、私は、Fig.1に示したElucyda氏によるYoutubeビデオに注目した。約25分で、白板1枚だけを使って、鮮明に手書きしながら、分かりやすくstep by stepで説明している。これは上手、素晴らしい!

 難解と言われるショアのアルゴリムだが、概要はこの1枚(8行)である。2つの素数の積である整数Nを逆に素因数分解するのである。小さなNであれば、この図の手順に従って、パソコンなどで独自にプログラムを作って確かめることは難しくない。ただし、注意すべきは、Fig.1の赤枠で囲った部分、"Find MIN r>0 such that ar=1 mod N"である。これは、因数分解したい整数Nに対して、別のある整数aをもってきた時に、ar = 1 mod Nとなる最小の整数r(位数)を求めるのである。これは、ar mod Nの値の繰り返しの最小周期を求めることに他ならない。

 非常に大きなNに対しては、この位数探索がショアのアルゴリズムの根幹であり、量子コンピュータの出番となるところなのである。(この記事は初級レベルに過ぎない。位数探索のための量子アルゴリズムの完全理解無しでは、中級レベル以上と言えないのである。)今回は、小さなNを想定するので、Fig.1の処理全体をスマホのアプリとして実現した。ショアのアルゴリズムに親しむとともに、この後の量子プログラム作成の準備ともなる。

🔴スマホアプリの作成
 本来は、量子アルゴリズムとして上記の位数rの探索を行うのだが、ここではスマホアプリとして作るので、この部分も古典コンピュータで動く原始的な(ナイーブな)プログラムとした。Fig.2は、MIT App Inventorで作った位数計算関数である。
 注意点として、arの計算で、特にrの値が大きくなるとオーバーフローを起こす恐れがある。そこで、一定程度それを抑止するため、ar mod Nの計算をダイレクトに行わずに、小さなrを使った繰り返し計算で実現している。

🔴実行結果の検討
 早速だが、このスマホアプリで、小さな整数、例えばN=247を素因数分解してみる。(このNは2つの素数p=19とq=13の積として与えた。)成功した2例をFig.3に示す。このうち、図(a)は、Fig.1においてランダムに設定した整数aが、たまたまGCD(q, a)>1となったので、因数分解はすぐに完了した。Fig.1のCase1に該当する。また、図(b)の方はFig.1のCase2に該当し、正常に因数分解ができた。
 一方、失敗した場合をFig.4に示す。このうち図(a)は、当方で適宜設定した、ランダムな整数aと求める位数rの値の制限範囲内においては、値rの探索に失敗した場合である。また、図(b)の方は、ランダムな整数aと位数rは設定できたものの、素因数分解に失敗したケースである。これは、Fig.1でのCase3に該当する。Shorのアルゴリズムは、このように、確率的(発見的)に成功するものである。ただし、その成功確率はかなり高いことが分かっている。
🔴なぜこのアルゴリズムで素因数分解できるのか
 本記事は、なぜショアのアルゴリズムで因数分解できるのか、ではなく、どのように働いているのかを中心に述べている。とはいえ、whyについても以下にポイントを簡単に述べてみたい。意外かもしれないが、その一つは、以下の計算式(中学校数学)にあった。
a2 - 1 = (a + 1)(a - 1)
 これを使うと、Fig.1の説明にある、ar-1 = 0 mod Nは、(ar/2 + 1)(ar/2 - 1) = 0 mod Nとなる。すなわち、=の左辺は、Nで割り切れる。だから、Nを構成する一つの素数は左辺のどちらかの因子を割り切る。このことから、GCD(N, ar/2 + 1)GCD(N, ar/2 -1)がNの素因数となるはずである。Fig.3(b)の場合(a = 30, r = 6)を計算してみると、以下の通り
確かにそうなる。
     GCD(306/2+1, 247) = GCD(27001, 247) = 13
     GCD(306/2 -1, 247) = GCD(26999, 247) = 19

 ところで、根幹をなす位数rを見つけるアルゴリズム(finding the order)は、すでにここここに述べた(精密な)量子位相推定とほぼ同等であることが分かっている。このことからも、Shor'sアルゴリズムへの親しみは増すのである。

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