【要旨】前回、ショアの素因数分解アルゴリズムに親しむための記事をここに書いた。そこでは、概要をつかむのが主目的であったので、最も肝心な位数計算(order-finding)と呼ばれる処理を、ナイーブな古典的計算で済ませた。だが、この位数計算の量子版の理解無しには、ショアを理解したことにはならない。逆に、これを完全に理解できれば、量子コンピューティングの学びの最高峰に達すると言える。なぜなら、そこには、量子計算の重要な要素(量子状態重ね合わせ、量子もつれ、量子位相キックバック、量子フーリエ変換、量子位相推定、測定による波束の収縮、等々)が凝縮されているからである。本記事は、そこへの到達を目指す。
🔴Shor's Algorithmを理解するための参考資料
まず、知識の源泉がある。解説書は多数あるが、私の場合は、Fig.1に示した6点である。このうち、Nielsen & Chuang[1]は、精緻な叙述で世界的に著名な大作(全676頁)である。Shor's algorithmの発表は1994年だが、本書の第1版は2000年(10周年記念版は2010年)である。その第5章「量子フーリエ変換とその応用」で、位相推定や位数計算が丁寧に説明されている。他にも、随所に計算基礎論に基づく知見が散りばめられている。まさにバイブルである。
宮野&古澤[2]でも、第5章「ショアのアルゴリズム」の説明が丁寧であり、複雑そうに見える理論計算と具体例の計算をフォローしやすい。厳密に計算を追求したい読者には最適である。
Bernhardt[3]は、私が量子コンピューティングの基礎を掴むのに徹底して読んだ最初の本である。そこには、ショアのアルゴリズムの詳細は無いのだが、それに大きな影響を与えたと言われるSimon'sアルゴリズムが、厳密かつ簡潔に叙述されていて、感銘を受けたのでここに含めた。
Wong [4]は、量子アルゴリズムの基礎を幅広く優しく、かなり綿密に解説している。随所に、Niesen & Chuang[1]を参照しながらも、独特の平易な解説に徹している。量子回路シミュレータとして、主に、ビジュアルに優れるQuirkを利用している。
Barry [5]は、独特の図解で、"why"よりも"how"に重きをおいて説明している。最初に、量子フーリエ変換から入って、coprime power sequenceの周期を求めている。その後、位相推定(および位数計算)を使う方法も説明している。主要な例題の量子回路は、Qiskitコードで示されており、シミュレーションを実行できる。
最後のFrankharkins [6]は、Shor's factoring(全過程)に特化したQiskitコードの解説である。Jupyter notebook形式になっているので、一歩ずつ理解しながら、シミュレーションを進めることができる。(ただし、これらのコードは、Qiskit 0.x版に準拠している。現在のQiskit 1.x版ではいくつかのエラーが発生して動かなかったが、移行ドキュメントに従い、Qiskit 1.0版用に変換することができた。)
🔴Order finding (Period finding)の実際
次に位数計算(Order finding)を具体的に検討する。【要旨】に述べた通り、Shor'sアルゴリズムの全体の流れはすでに分かったので、ここでは、Order findingのための量子コンピューティングに焦点を当てる。位数の候補が見つかれば、古典的アルゴリズムによって、目的の整数の素因数が(高い確率で)見つかるのである。
(1)量子位相推定(こちらとこちら)の応用として
位数rの計算は、量子位相推定の応用であり、量子回路の構成もほぼ同じである。だが、入力とするユニタリ行列の固有状態の設定に注意する必要がある。ここで用いるユニタリ行列Uは以下の式(a)である。これは何なのか?例えば、a=3, N=35の場合、状態 |1⟩に対しては、Uの連続適用結果は、式(b)のようにrを周期として繰り返すことが分かる。ここでは、r=12である。実は式(c)が成り立つ。(証明は略)
同様に、式(e)に示す重ね合わせ |u1⟩は、Uの固有状態であり、その固有値は、e2πi/rである。さらに一般化した、式(f)に示す重ね合わせ |us⟩(sは整数)は、Uの固有状態であり、その固有値は、e2πis/rである。
上記を理解できれば、すでに見た位相推定アルゴリズムQPE(Quantum Phase Estimation)によって、あるsについて位相s/rを測定によって得られそうである。しかしながら、それを実現する量子回路への入力となる |us⟩は、実はこの時点では作れないので困る。それを解消する方法がある。それは、sについて |us⟩の総和(すなわち、重ね合わせ)を取ると途中の位相がキャンセルされ、結果として式(g)の通り、状態が |1⟩になるという事実である!証明は略すが、これが重要!
以上の検討に基づき、位数計算の量子回路を作り、その実行結果から、最終的に目的の整数を素因数分解することができる。ここでは、(多くの解説書で取り上げられている)極く小さな整数15の素因数分解(15 = 3 x 5)のデモを行う。そのための量子回路がFig.2である。
この測定では、位数rの候補は1、4、2の3つであったが、r=1は妥当な位数ではなく失敗し、r=4の場合は成功している。
以上の内容を示したことで、Shor'sアルゴリズムの全貌を(ほぼほぼ)把握できたと考える。今回の実行結果は、Qiskitのシミュレータによるものだが、極く小さな整数15の素因数分解に成功した。その要因は、位数計算に成功したことによる。
しかし、現時点の量子コンピュータ実機では(ここにも示した様に)小規模な回路構成であっても、誤り発生のために、位相推定が、従って、位数計算がうまくできない。すなわち、大きな整数(semi prime)に対しては、現時点の実機ではShor'sをまともに動かせない。
それにもかかわらず、Shor'sアルゴリズムは量子アルゴリズムの最高峰の一つであることに異論はないはずである。近い将来、完全な量子コンピュータが完成し、Shor'sアルゴリズムが真価を発揮することを期待したい。
MITでは、量子コンピューティング基礎講座「QUANTUM COMPUTING FUNDAMENTALS」という4週間のオンラインコース($2,419)を定期的に開催している。その講師に、Prof. Peter Shorが入っている。彼が上記のShor's algorithmを発表したのは1994年(35才)だが、現在もMIT教授として活躍されているようだ。また、参考文献[1]の著者の一人、MITのProf. Isaac Chuangも同じくこのコースの講師となっている。私も受講を考えてはいるが...今回このブログ記事を書いたので、多分、講義内容には何とかついて行けそうな気はする。
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