【要旨】量子コンピューティングの基礎を学ぶための情報は色々あるが、Prof. Chris Bernhardtの著書”Quantum Computing for Everyone”はその中でも特別に優れたものだった。本日までにその全ページを読み終わり、そのほぼ全てを十分に理解できたと思っている。それを振り返り、自分自身の今後の前進に役立たせたい。また、他の読者にも参考にしていただける点があるかも知れないので記事とした。[English version is here]
●どんな書籍なのか
量子コンピューティングとは何かを、一般常識としての読み物ではなく、厳密に解説している。他書と違うのは、高校レベルの数学で、量子コンピューティングの本質を見事に説明している点である。冒頭に、”The goal is not to give some vague idea of these concepts but to make them crystal clear.”と記されているのだが、まさにその通り、最後まで「水晶の如く明瞭」は本当であった。
基礎レベルとはいうものの、量子ビット、量子重ね合わせ、量子もつれ、はもちろんだが、2022年度ノーベル物理学賞で話題になった”Bellの不等式”までも、一定の厳密さを保って扱っている。難しい仕組みも巧みに整理して、可能な限り簡単化し、数式を使った厳密性を維持しつつ、高校数学レベルで分かるように叙述しているのである。例えば、終盤に出てくるSimonのアルゴリズムは、(難度☆☆)が付与されており、とても難しいのだが、そこでの、Hadamard(アダマール)行列のKronecker Productを利用した簡潔な説明は、実に見事である。また、秘密stringの要素に関する線形方程式の生成(出力)は、2つの波の干渉のように、確率振幅を増幅させたり、キャンセルで減衰させたりする制御を含んでいる。これも量子計算の真髄に触れることができるものだ感じる。
さらに本書の特徴を述べるならば、非常に広い観点から書かれていると言える。本著者は、”Turing’s Vision – the birth of computer science –“という本の著者でもあり、計算科学に深い造詣を持つことが伺われる。実際、本書は単なる技術書ではなく、計算の複雑度、可逆性などの計算基礎理論からの観点を随所に示している。また、量子物理学の根本に関わるEinstein、Schrödinger、Bohr、Bellらの議論も適切に解説し、読者のバックグラウンドを広げるのに役立っている。教育的観点から、理論を説明した後に、読者が計算を追えるように、具体例が必ず付随している。それは理解を確認するのに大いに役立つ。
ここまで述べると、本書は非常に堅い印象を与えるかも知れないが、以下のような日常社会の生活との関わりも書かれており、明るい気持ちにさせてくれる。例えば、次のようなエピソードを書いている。(1)光の偏光の説明部:友人の物理学者からもらった偏光板をポケットに入れてその不思議さを楽しんでいる。(2)「Bellの定理」という名の付いたBelfastの通りがあり、Google mapsでそれを確認できる。(3)量子の測定装置が回転しているのか、移動する量子ビットが回転するのか、そのどちらかが分からないのは、通勤で乗っている自分の電車が動き出したのか、すぐ向かいの別の列車が動き出したのかが分からなくなるのと似ている。(4)量子ビット誤り訂正のセクション:学生時代、聴いていたレコードに傷が付いた場合、毎分33回のプチプチ音に悩まされた。しかし、CD出現後はエラー訂正機能によりそれが解消した。
●どのように本書を学んだのか
本書に出会う前は、量子アニーリングを学んで、組み合わせ最適化問題のアプリケーションをいくつか作った。ゲート型量子コンピューティングについても、Webに載っている情報などから、断片的に知識を得ていた。だが、本書によって初めて系統的に量子コンピューティングを学ぶことになった。
毎日数時間をかけて読み進めた。全てのページを読み終わるまでに約2.5ヶ月を要した。現時点では、本書の全ての内容をほぼ十分に理解できたと考えている。この間に、理解し難い箇所は、2回、3回、あるいはそれ以上繰り返して読むことで理解に至った。その過程で、著者に幾つかの質問を電子メールで行い、丁寧に回答いただいたことによって前進できたところもある。また、重要な区切りごとに立ち止まり、自分の理解を確実にするため、その内容をブログ記事として公開した。その記事リストは本記事の末尾に記す。
本書は叙述で徹底的に理解する方針がとられており、現在では利用可能な量子回路シミュレータや量子コンピュータを使っていない。私もそれに従い、紙と鉛筆で理解できるまでは量子回路シミュレータを使わないようにした。そして、理解が十分になった後に、シミュレータでそれを確認した。そういう手順の方が理解が深まると感じた。つまり、最初からシミュレータを動かし、結果を見てしまうと、アルゴリズム自体へ深く入り込むのが阻害される気がしたからである。先駆者であるBellやDeutsch、Simon、Groverなどの時代には、量子回路シミュテータは存在していなかったであろう。
●まとめ
本書には驚くべき量子の性質と、それを利用した多数の量子アルゴリズムが記されている。その中で特に私が強い印象を受けたものを3つリストアップするとすれば、Bellの不等式、量子テレポーテーション、そしてSimonのアルゴリズムである。今や、本書をほぼ全て理解できたことで、私は一段高い位置に立つことができた。今後、さらに高度な量子アルゴリズムにも立ち向かうことができるだろう。最終章では、IBMやGoogleの量子コンピュータ開発状況とそのインパクトについても考察している。著者の以下の言葉を引用して終わりとしたい。
“Computation is really quantum computation. Classical computations are just special cases of quantum ones.”
“The greatest years for quantum computation are ahead of us.”
●Blog posts written to confirm understanding of the book (mostly in Japanese)
・Simon's Monumental Quantum Algorithm(2022-12-11)
・Qubit error correction using quantum teleportation(2022-12-04)
・Fredkin's Universal Logic Gate with Billiard Balls(2022-11-16)
・A street in Northern Ireland named "Bell's Theorem"(2022-10-24)
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