2022年8月19日金曜日

光に関する理科実験の量子力学的解釈

 量子コンピュータの理解に必須の量子力学初歩、および量子ビット、量子ゲート、さらにそれらを使った計算の流れの概要を、極く短時間に学びたい(=分かった気になる)、これは多くの人々の願望。書籍やWeb解説などが多数存在するのだが、「最も短時間で」ということならば、藤井啓裕・武田俊太郎他共著[1]を推奨したい。実際に読んでみると、その素晴らしさが分かる。本記事は、この入門書に示されている解説と実験に基づいている。

その後、偏光板に関して、より数学的に厳密な解説を書いた。→こちら

量子コンピュータ入門書[1]で学ぶ
 本書は、全303ページの新書版である。前半は量子力学と量子コンピュータのやさしい入門、後半はラズパイ電子工作による量子コンピュータのシミュレータのようなものを作る。今回は前半のみに絞って検討する。
 まず、下図右側に示した第3章を読むと、量子ビットや量子コンピュータの仕組みの概要が分かる。この章は全20ページだが、新書版なので実際の分量は多くない。これだけで、分かった気にさせてくれるのだから、著者の力量はすごいものだ。続けて、第4章のイラスト解説でさらに補強できる。
 次の第5章は、学校での光の理科実験のように見えるが、これがなかなか奥深い。実験結果に対して「量子力学的解釈」が平易に述べられているのが真骨頂。第3章、第4章の説明を再度引用しながら説明しているので、実験により理解がさらに深まる。どこかで聞いたことのある名前の実験だが、実際に自分でやってみるとことの意義は非常に大きい。以下では、この実験の実際を述べる。

実験1-2:重ね合わせの量子ビットの測定
 図1では、画像「賀正」の前に2枚の偏光板を置いている。Case1では、両方とも軸が0度の偏光板なので、正面からみると画像はほぼそのまま見える。一方、Case2は、画像に近い1枚目の偏光板の軸を右斜め45度に変更した。すると、見える明るさは半減する。この現象は、以下のように、量子力学的に解釈されるのだ。
 画像から多数の光子が発せられる。右斜め45度の偏光板を透過した光子は、縦偏光(0度)の光子と横偏光(90度)の光子が、1:1の重みで重ね合わさった状態と考えられる。その状態は、図1右側のケット(|・>)で表現される。そして、2枚目の縦偏光板(0度)での観測により、50%の確率で「縦偏光」となり、50%の確率で「横偏光」という結果が得られたことを意味する。すなわち、この実験は、「斜め偏光の光子」は「0と1の重ね合わせの量子ビット」に相当すると考え、その測定結果を得るものだったのだ。

実験1-3:測定により量子ビットの状態が変わる
 図2のCase3を見てみよう。画像に近い1枚目に縦偏光板、2枚目に横偏光板が置かれているので、正面からみると真っ暗で何も見えない。これは納得できる。しかし、次のCase2で、3枚目の軸45度の偏光板を2つの偏光板の間に挿入すると、少し「賀正」の文字が見えてきた。これは、不思議である!このあたりが、「量子の世界は日常の経験から外れた現象を示す」と言われる所以かも知れない。
 詳細は本書を読んで欲しいのだが、この現象は、「重ね合わせを測定すると状態が変化する」という量子の性質によっている。中央の右斜め45度の偏光板で測定した結果、光子は元々の重ね状態ではもはやなくなり、斜め45度偏光に確定した状態となったのである。さらに3枚目の軸90度の偏光板で、光子は今度は再び「縦偏光」と「横偏光」の1:1の重みの重ね合わせ状態と見做される。結論として、0.5 x 0.5 = 0.25の確率で3枚目の偏光板を透過することになったのだ。そのため少し画像が見えてきた。
 続いて今度はCase5、これは3枚目の偏光板を回転させていき、2枚目と同じく斜め右45度にした場合である。この時が一番明るく画像がはっきり見える。2枚目を透過した光子が(Case4で)この角度の偏光に変化したのだから、この現象は納得できるだろう。

実験2-1:2つの経路を通った光子の干渉
 ここでは、図3(a)のように、レーザポインタが発する光子を、極細芯(0.2mm)に当てて、その経路とスクリーンに映るパタンを考える。偏光板は使っていない。図3(a)のスクリーンの模様をみよう。結果として、干渉縞がはっきり現れた。これに対する量子力学的解釈は、一つ一つの光子が、芯の左を通るケースと右を通るケースの重ね合わせ状態になっており、これら2つのパターンが干渉を起こし、強まるところと弱まるところが生ずるため、となる。
実験2-2:経路の識別と干渉の消失
 今度は、図3において、図3(b)のように、左側に並行軸の偏光板を置き、右側に垂直軸の偏光板をおいて縁を接合し、そのちょうど接合部にシャープペンシルの芯を置いたプレートを作る。そのプレートの芯にレーザー光を当てた結果、干渉縞は出なかった。量子力学的解釈は、このプレートの通過は「観測」したことに該当し、プレート通過後は、重ね合わせ状態は消失し、縦偏光に確定した光子と横偏光に確定した光子が単にスクリーンに到達するだけだから、となる。
 なお、図3(c)のような、左右が同じ垂直軸の偏光板とした場合は、図3(a)と同様に干渉縞が出現するが、こちらは問題なく受け入れらるだろう。

感想
 簡潔で深いところも覗かせてくれる優れた入門書の一つだ。小生は、「量子力学的解釈」を完全に納得できるまでに達していないが、上記実験を通して、「量子」に一歩近づけたことは間違いない。だが、物理学者でもなく、量子コンピュータ開発者でもない人々にとって、現在の(古典)コンピュータを使う場合のように自由にプログラミングできる日はまだまだ遠い気もしてくるのであった。

(補足)
 本書の内容は、雑誌記事[2]を再編集したもののようだ。また、本記事では、武田俊太郎准教授執筆部分を利用させて戴いたが、共著者の藤井啓裕教授による本実験の解説ビデオも[3]で公開されている。

参考文献
[1] 藤井啓裕・武田俊太郎他共著:ラズパイ電子工作&光の実験で理解する量子コンピュータ、CQ出版、2022年5月1日初版
[2] 算数&電子工作から始める量子コンピュータ:インタフェース2019年3月号、CQ出版
[3] 阪大教授が解説する量子力学と量子コンピュータ(中編)、https://www.youtube.com/watch?v=TIMRjp9E_80

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