[要旨] 量子コンピューティングの解説ビデオは多数ありますが、最近、Youtubeで "A beginner's guide to quantum computing" を視聴しましたので、その私の理解を書きます。IBMのShohini Ghose氏による、10分程の英語の分かりやすい解説です。量子コンピュータとは何か、それがどんなインパクトを与えるかも簡潔に述べられていますが、特に量子重ね合わせ (superposition)を、コインゲームで解説しているのが特徴です。最後に書きましたが、私の自作ブロッホ球も役立った!
■簡単なコインゲーム(従来コンピュータ版) ルールは以下のように簡単です。Q (コンピュータ)とP (あなた)が交互に操作します。(このゲームの由来は[補足2]をご覧ください。)
- まず、 コインを表にする。以下の操作を行う。
- Qは、裏返すか否かのどちらかを行う。Pにはその結果は分からない。
- Pは、裏返すか否かのどちらかを行う。Qにはその結果は分からない。
- Qは、裏返すか否かのどちらかを行う。Pにはその結果は分からない。
- コインの状態を見る。表ならばQの勝ち、裏ならばPが勝ちとなる。
この手順を、図2に示します。コンピュータQが勝つ確率が50%であることは明らかです。ちょっと退屈なゲームですが、これは次節への準備です。
■簡単なコインゲーム(量子コンピュータ版) 次に、このゲームを量子コンピュータで行います。ルールは上記と基本的に同じです。とはいえ、従来コンピュータとは全く異なる世界になるので、使うコインも従来のコインではなく、量子コインです!以下のようなルールになります。
- まず、量子コインを表(すなわち、 |0>)として、以下の操作を行う。
- 量子コンピュータQは、ユニタリ演算を実行する。Pにはその結果は分からない。
- Pは、裏返す(Flip)か否かのどちらかを行う。Qにはその結果は分からない。
- Qは、ユニタリ演算を実行する。Pにはその結果は分からない。
- 量子コインをZ基底で測定して、 |0> ならQの勝ち、 |1> ならPの勝ちとなる。
ここで、QとPではやることが違うんじゃないの?という疑問が湧くかも知れません。確かにそのようにも見えますが、ここでのルールは、Qは量子コンピュータなのですから、Qは「量子的」に裏返し(Flip)、あなたPは古典的に裏返す(Flip)ということなのです。この手順を、図3に示します。実は、コンピュータQが勝つ確率は、100%になります!
■量子コンピュータがなぜ、必ず勝てるのか? 量子コンピュータが必ず勝つ理由は、このビデオで簡単に以下のように口述されてはいます。
During the game, the quantum computer creates this fluid combination of head and tails, zero and one, so that no matter what the player does, flip or no flip, the superposition remains intact. But in its final move, the quantum computer can unmix the zero and one, perfectly recovering heads so that you lose every time.
でも、多くの人は腑に落ちないでしょう!その答えは、量子回路を具体的に作ってみれば分かります。図4がそれです。上記に示した、量子コンピュータQが行うユニタリ演算は、ここではHadamard変換(H)としています。一方、Pが量子コインを反転させる場合はビット反転を意味するPauli X(+)を、反転させない場合はIdentity(I)を適用します。
この量子回路をIBM Quantum実機で1024回実行した結果が図5です。いずれの場合も量子コンピュータが常に勝ちました!ただし、本来は100%であるはずが、1%〜2%負けているのは、量子コンピュータの誤作動によるものです。(現状の量子コンピュータはそうなります。)
さて、図5のように量子コンピュータQが常勝した理由は、Qが2回Hadamard変換Hを行なっていることにあります。初期状態は|0>ですから、Qが最初にHを行った後の量子状態ベクトルは、X軸正方向と赤道の交点を指しています。そこでPがビット反転(+)を行なっても、量子ベクトル状態に変化が生じません。なぜなら、このビット反転操作は、X軸まわりに量子ビットをπだけ回転さえる操作になるからです。その後、Qは再度Hを実施するので、量子状態は|0>に戻ってしまいます。その状態で測定する(量子コインを見る)のですからQの勝ちとなるのです。
以上で説明を終わるのですが、さらに、Qni量子回路シミュレータでも確認したいと思います。図6がそれですが、QとPが行う各操作毎に、量子状態ベクトルがどうなっているかを示しているので、分かりやすいと思います。
さらにもう一つ。このコインゲームの操作は、単一ブロッホ球面でのHadamardゲートとPauli Xゲートの適用となるので、直感的にとても分かりやすくなります。図7でそれをご覧ください。自作ブロッホ球がこんなところで役立った!
[補足1]
量子状態が|0>であるならば、Pは、Pauli Xによる裏返し操作で、コインの裏側を意味する|1>へ移行させることができます。その逆方向も然りです。しかしながら、Qは、Pの手番になる前にHadamardを実行(重ね合わせ状態へ推移)しているので、コインは反転しません。ともかく、ここでは厳密な意味での対戦というよりも、量子重ね合わせを説明する例題と考えた方が良いと思います。
[補足2]
後で分かったのですが、このコインゲームは、D.A. Meyerという人の1999年の論文に示されているとのことです。それはペニーフリップゲームと名づけられており、初期の量子コンピューティングの研究成果のようです。単に、単純なゲームのように見えますが、深い洞察が含まれているようです。私の上記の理解と合致しているか否かは自信がありません。今から20年以上も前にすでにそのような研究が行われていたことは驚きです。